大丸松坂屋の「明日見世」、移設・拡大で収益性が5倍に
大丸松坂屋百貨店が大丸東京店で運営するショールーミングスペース「明日見世」の収益性が、移設・拡大で大きく向上した。4階から9階に移り、面積は約4倍になったが、12月11日時点で接客数が約3倍に増え、ブランドから得る出品料や物販の売上げなどからなる収益性は計画の約5倍で推移。「アンバサダー」と呼ぶ、ブランドや商品に精通した販売員の巧みなセールストークが客の購買意欲を喚起する。4階時代と異なり、その場で商品を買えるようにした効果もある。
好調の原動力はマンパワーだ。明日見世の和田房恵プロジェクトマネージャーは「そもそも精鋭部隊で運営しており、例えば20人余りのうち3人は多角的な評価を基に優秀なスタッフを表彰する社内制度の表彰者。高い接客力で売上げが増えているだけでなく、商品を選定するスタッフも目利き、商談の力が上がっている。実際、4階の時は商談に2カ月半くらい費やしていたが、今は半月~1カ月に短縮された。結果的にラインナップが充実し、(ブランドは3カ月ごとに入れ替えるが)次も、その次も枠が埋まっている」と、手応えを実感する。
元々、ショールーミングスペースでありながら、接客にこだわってきた。接客に当たるのは全て大丸松坂屋百貨店の従業員だ。和田氏は「やっていることは、オープンからの約3年間で変わっていない。むしろ開花したと言える」と強調する。
ただ、移設に伴う“進化”も収益性の向上を支える。「一般的に『ショールーミングスペースの運営は難しい』といわれるが、他社を見てもなくなりはしないだろう。しかし、単なるショールーミングから(機能などを)派生させていくのが潮流。明日見世もプラスアルファを加えてきた」(和田氏)。山梨県のスタートアップ、Bonchiが初めて運営するカフェ、クリエイターやアーティストらと組んで展開するインスタレーションスペース、客を呼び込むイベントなどだ。
カフェは当初こそ客足が少なかったが、今では土日の昼過ぎから満席が続く。平日も午後2時~夕方までビジネスパーソンや中高年の女性らで賑わう。インスタレーションスペースは、第1弾としてブックコーディネーターの内沼晋太郎氏が率いるNUMABOOKSがセレクトした本を展示。12月11日からの第2弾は、イラストレーターの飯尾あすか氏が描き下ろした作品と花を掛け合わせ、「百貨店のショーウインドーの面白さを想起させつつ、クリスマスに向けてホリデーを感じてもらう」(和田氏)。インスタレーションと連動した包装紙も用意した。インターネット通販サイトの利用者が抱える不満の1つにラッピングがある。明日見世は、そこにも商機を見出す。
もちろん、品揃えの工夫にも余念がない。「従来のマーチャンダイジングと同じでは明日見世の意味がない。売上げを取るより、お客様の価値観を変えられるようなモノを扱う」(和田氏)。12月11日~来年3月4日の第2弾はクリスマスやバレンタインデーの期間でもあり、「贈る」をテーマに、コーヒー豆を丸ごと食べられる菓子「カフェレート」、ライフスタイルや食習慣、健康状態などを踏まえて約600億通りの組み合わせから最適なサプリメントをグミの形状で提供する「ナリッシュ3D」、時間の経過で香りが変化するお香「SOZO」などを揃えた。
第2弾には、4階時代に出品して再び登場したブランドもいくつかある。出品料は4階時代の15万円、21万円、45万円、90万円の4種類から90万円に統一されており、コスト面でのハードルは上がったにもかかわらず、だ。アンバサダーが客から収集する“生の声”を含めて、D2Cブランドが明日見世に出るメリットを感じているからにほかならない。第1弾では売れ行きが良く3~4回の追加発注となったブランドもあり、売上げでコストを回収できる構図も形成されてきた。「フロアの特性として、しっかり吟味するお客様が多いのか、接遇の時間は長く、会話で色々な声を拾えるため、フィードバックの質も向上した」(和田氏)という。大丸松坂屋百貨店が得る出品料は倍増しており、まさにウィンウィンの関係だ。
大丸松坂屋百貨店の未来に生かせる知見も蓄積されてきた。「通常の売場より圧倒的に高い業務効率」(和田氏)だ。3カ月ごとに約20ブランドを入れ替えており、従来の手法では間に合わないからこそ、効率を追求してきた。和田氏は「入れ替えの1週間前から、できる作業は進めておく。物販の場合、セットで売る時はその状態で納品してもらうなど、一部の作業はブランドに任せる。明日見世を運営しながら試行錯誤してきたが、いずれは巣立っていく社員が、その先で好影響を与えられるノウハウが培われている」と力を込める。
移設・拡大で勢いに乗る明日見世だが、課題も浮かび上がってきた。「20人を超える大所帯で、横の連携の速度をもっと上げなければならない。30代前半~中盤が多いため、お客様の“次のニーズ”をくみ取れるスタッフも、まだまだ足りない。私の後継者も必要。20代の社員が明日見世流の接客、MDを学べる仕組みをつくりたい。まずは明日見世、次いでマーケティングを学び、両方を経験できるプログラムを開発する」と、和田氏。今後は、さらに人財育成に傾注する方針だ。
(野間智朗)