2025年01月05日

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日本を活性化し、欧米ラグジュアリーブランド依存から脱却へ 羽田未来総合研究所の挑戦

「日本発の地方創生型ラグジュアリーブランドを世界に」をテーマに、「ジャパン マスタリー コレクション」(以下、JMC)が23年末に始動した。羽田空港第3ターミナルに店舗を構え、世界の富裕層をターゲットに地方の伝統技術を生かしたアイテムを販売している。24年10月末までの期間で、売上げ・客数は想定を超え、快調なスタートを切った。

目指す姿は世界のスーパーブランドに匹敵するラグジュアリーブランドで、その確⽴に向けてはまだ道半ばといえるが、着実に歩みを進めている。現在の商況や課題、将来のビジョンなどについて、JMCを主導する大西洋氏(日本空港ビルデング副社長兼羽田未来総合研究所社長)に語っていただいた。


「日本ラグジュアリー」をテーマに、日常で使える商品を選定

――まず「ジャパン マスタリー コレクション」(以下、JMC)について、簡単に教えてください。

大西 「守るべき日本の技と美」を未来に残していくための地方創生型ラグジュアリーブランドで、現在は羽田空港第3ターミナルの出国エリア内に1店舗を構えています。日本が世界に誇る技・粋の数々をキュレーションし、オリジナル品も約2割ほど展開しています。

店舗の内装デザインは「海外の人から見たジャパンラクジュアリー」というテーマに設定しました。想定する客層は欧米とアジアを中心とした海外在住者ですが、彼らは伝統工芸を買うというより、その商品が自分の生活シーンの中に溶け込んで使えるかを考えて購入する傾向があります。ですので品揃えはその点にこだわっています。

「日本のラグジュアリー」をテーマにした店内装飾

――23年12月のスタートから1年近くが経ちましたが(取材は24年11月18日)、売上げなどの商況はいかがでしょうか。

大西 売上げ金額目標値は、前売場の実績を基に設定しましたが、その1.8倍ほどで推移しています。入店客数は1日あたり約400人で、常設売場に300人、プロモーションスペースに100人といった感じです。購買率は14~15%になります。

欧米の方と中国の方で買い方の傾向に違いがありますが、共通するのは荷物の負担にならない、あまりかさ張らず重くないものが人気です。例えば手まりやプリザーブドフラワー、ガラス細工の置物などが、月に100点以上売れています。ギフトや手土産の用途が約6割です。

売上げは好調だが、手土産需要が根強く低単価に

――想定の1.8倍とは、非常に好調ですね。

大西 数値を見ればそうですが、課題もあります。平均単価は約6万円という想定だったのですが、実際は想定の約70%になります。高額品ももちろん売れていますが、1~2万円台の小ぶりな雑貨類が特に売れているので、下がっています。

結局何を目指すかという話なんですが、今売れているものは、海外の方が空港やターミナル駅で買うお土産よりはハイグレードなものです。これは間違いないです。ただ、ラグジュアリーブランドとしてどうかと考えた時に、やはり「生活を豊かにできるもの」を提供しなければいけない。

ラグジュアリーブランドの商品を購入するお客様は、「これを持っていると気持ちが豊かになる」という感覚があると思います。また、誰かへのお土産というより、自分へのご褒美で買う方が大半でしょう。空港という立地特性から「お土産」としての側面もあると思いますが、このようにブランドの持つ多面的な魅力を生かしつつ、さらなるブランドポジションの確立に向け、まだ発展途上にあります。

手まりやガラス細工など、小さな手土産好適品が現在の売れ筋になっている

単価に関しては、作り手サイドの意識というか、考え方にも根強い課題があると思っています。日本の多くの職人さんは、値段に対してすごく慎重というか奥ゆかしいと言いますか。いい仕事をして、それを安く提供するのが美徳という考え方の方がほとんどでして、なかなか値段を上げたがらない。国内で流通しているものに一物二価というのは我々も付けられませんから、価格を上げたい気持ちがあっても、上げられない。そういう背景も一方であります。

商品のセレクトにおいては、流通が少なく稀少性の高い素材や、熟練した職人でなければつくることができないような、特別な商品を選ぶよう心がけています。 価値ある商品を適正価格で提供するため、生産者と協力した商品開発や希少性の高い商品の独自基準での厳選を行い、付加価値を高めることで、従来比2倍から3倍(カテゴリにより異なる)の還元が可能な仕組みを構築しています。

(羽田空港の)免税売上高の平均単価が1万6000円くらいで、これはラグジュアリーブランドが高価なのに対し、タバコやお酒などが平均よりも低いです。それと比較して約2~3倍なので、当初の目標である6万円に届かないにしても、もう少し上げていきたいです。

常設売場の隣にあるプロモーションスペース

接客スキルはさらなるトレーニングが必要

――接客面でもラグジュアリーブランドにふさわしい水準を追求されていますが、そちらは順調でしょうか。

大西 売上げが想定の1.8倍、単価が70%ですので、接客するお客様の数は想定の倍以上になります。そうするとラグジュアリーブランドとして最高の接客サービスレベルを維持するのが難しく、リピーター的なお客様も散見されますが、囲い込みが十分にできていません。

現在、トレーニングや人材育成を課題と捉えています。百貨店のファッションブランドで店長経験のある方から未経験の方まで、多様なバックグラウンドを持つスタッフが活躍していますが、コミュニケーション能力に加え、語学力やラグジュアリーブランドにふさわしい所作の習得を目指し、個別研修を進めています。

短期間での育成には多くの課題もありますが、今後は他企業での研修など長期的な機会を検討し、接客の質を高めてさらなるスキルアップを目指しています。

地方の経済循環に寄与し、日本を再び豊かな国にしたい

商品の選定や売場編集にかけては経験豊富な大西社長。新規のバイイングを手掛けることもあるそうだ

――あらためて、JMCを立ち上げたきっかけや想いを教えてください。大西社長の三越伊勢丹時代の経験(編集部注:大西社長は1979年に伊勢丹入社、2012~17年に三越伊勢丹社長を務めた)も影響していますか。

大西 地方産業に対する課題意識は以前からありました。自分もこの歳になると、「次の世代の人達が日本に誇りを持って暮らしていくために、どうしたら良いんだろう」と考えるんです。日本のGDP(国内総生産)は世界第4位に落ち、様々なランキングで先進国の中で下位に位置付けられています。

このままではいけないわけですが、「ではどうするか」となると、地方にはまだポテンシャルがあるなと。地方というのは昔から、生活スタイルが都心と異なる部分があります。むしろ地方の方が歴史があります。そうした生活の中から生まれたもの、私は「生活文化産業」と呼んでいますが、こうしたものの経済循環に寄与していきたいというのが1つです。

もう1つが、日本の流通小売業とラグジュアリーブランドの関係性です。現在、流通小売業は世界的なスーパーブランドに対して交渉力がありません。彼らが非常に利益率の高いビジネスを手掛けているのに対し、日本の流通業の利益率はわずかです。このアンフェアな取引を続けていることが、私は腑に落ちなかったのです。

それに、ラグジュアリーブランドは日本の素材を商品に採用しています。有名なので言うと岡山のデニムや、今治のタオルなどがあります。しかし元々は日本のものですから、自分達がオールジャパンの良いものをつくり、価格と価値のバランスが取れたものを発信すれば良いと考えました。ラグジュアリーブランドへの依存度を低めたい、これが一番大きな理由かもしれません。

海外のラグジュアリーブランドが使用している素材や工場を活用したファッションアイテムも擁している

目指すは100億、国内一等地への出店も視野に

――これまでの経験を基に、メイド・イン・ジャパンを世界へ広げるために何が必要だと考えますか。

大西 メイド・イン・ジャパンの商品自体は世の中にたくさんあります。その中で、どのグレードで、どんなテイストで、どういうターゲット層にするかをクリアにすることが大事だと思います。ブランドをつくるにはある程度の規模感が必要になりますが、前提として同じ感性、同じ志の人が集まることが必要でしょう。

――JMCの今後については、どのような展望を持たれていますか。

大西 どちらかと言うと、今後の方が重要です。1つのブランドとして認知されるためには、最低でも30億、50億、100億売れる必要があると思うんですね。そう考えると、まだ何倍も売上げを増やさないといけない。またその規模を目指すには、日本国内の新規出店も必要だと考えています。

今の店舗は出国の免税エリアにありますが、それだとどうしても海外に行く方にしか目に留めていただけません。元々の計画としては国内の地方空港、そして海外の空港という戦略でしたが、国内の一等商業地にも出し、認知度を高めることを検討しています。現状は羽田空港という立地や為替の円安といった追い風もあっての数字なので、まだまだこれからです。

(聞き手・都築いづみ)

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