オンワードのOMOサービス「クリック&トライ」はなぜ成功したのか
コロナ禍をきっかけにOMO(オンラインとオフラインの融合)型のサービスが盛んになっているが、その中でも先行く存在が、オンワードホールディングスの「クリック&トライ」だ。2021年に始まった服の取り寄せ試着サービスで、24年8月末時点で導入店舗は407に上る。導入店舗の売上高も未導入店舗に比べて伸長率が高く、購買促進に高い効果を発揮している。
同様のサービスを始めた他企業は多いが、これほどの規模に拡大した事例はみられない。なぜ導入を決断し、成功したのか。OMOならではの強みは何か。同サービスをローンチ当初から手掛ける、OMO Div.の前川真哉部長に尋ねた。
クリック&トライについて簡単に説明すると、同社の公式ECサイト「オンワード・クローゼット」の商品を、リアル店舗で試着・購入できる取り寄せサービスとなる。商品ページにある「店頭で試着する」ボタンをクリックし、試着希望の店舗、来店予定日時を選んで申し込む。一度の取り寄せは最大5点まで選べる。商品は来店する店舗にある場合はそれを取り置き、ない場合はECサイトの在庫から配送される。
サービス導入店舗は22年2月末で200店舗(導入率23%)、23年2月末で340店舗(43%)と急成長し、24年8月末時点で407店舗(63%)となった。当初は複数のブランドを取り扱うOMO型店舗「オンワード・クローゼットセレクト」が対象だったが、現在はそれ以外のショップにも導入している。
当初はスモールスタート、「客注」をシステム化
――改めて、「クリック&トライ」を導入したきっかけや経緯を教えてください。
前川 2020年に新型コロナウイルス感染症の流行によって、多くの百貨店やショッピングセンターが休業、営業短縮となりました。その状況に対応するため、色々と試行錯誤を重ねる中で生まれたのがこのサービスです。当社の商品は衣料品では比較的高価格帯なので、「試着してから買いたい」というニーズは高いと考えました。20年11月からテストを始め、21年4月に正式にスタートしました。
当初はスモールスタートで、対象店舗は4店でした。予約方法も今とは少し異なり、お客様が商品番号を直接入力する必要があるなど、やや手間がかかりました。22年4月にサイトやシステムをリニューアルして、今の仕組みになっています。
――業界内で始めたのは早い方ですが、「店舗はそこにあるモノを売る場所」といった固定概念などはなかったのでしょうか。
前川 確かに、あるモノを売った方が良いです。ただ、全種類を全店舗に置くことはできませんからね。これまでもお店によっては、店舗にない商品を取り寄せる「客注」は結構行っていたんです。
客注は他の店舗から取り寄せるので、お客様に「買ってもらう」前提でした。また、予約はスタッフが行っていました。それをお客様自身がすることで、スタッフの負担が軽減されます。その代わり、買わなくても良いというルールにしました。
クリック&トライを導入することで、店頭に全商品が揃っていなくても、お客様のニーズに応えられるようになります。事前にほしい商品の見当を付けてから来るお客様は、このサービスで予約していただければ、商品は必ずある状態になります。アパレルは商品の回転が激しい分、気になる商品が店頭にないケースもよくあるので、それは来店の大きな動機付けになると考えました。
また、店頭で試着するとなると、目当ての商品以外も試着できます。販売員による提案や接客もあります。ECサイトであれば欲しいニット1枚をポチっと購入して終わりになりますが、プラスで商品を買う機会になる、販売員と会話することで気分が上がるというメリットが生まれます。
スタッフとの密な情報共有で、サービスを活用しやすい土壌を形成
――クリック&トライはブランド横断型のサービスですが、スタッフが元々の担当でないブランドについて接客する難しさはありましたか。
前川 店舗にサービスを導入して最初の段階では、スタッフから「どうしたら良いですか」「悩んでます」と言われます。やはり我々は20年、30年とブランドごとに店舗運営をしていたので、不安になる人も多いですね。
ただ、メンズの服はメンズのショップで、レディースの服はレディースのショップで予約を受けることが多いので、ある程度は対応できています。また、「意外とやってみたらできた」とよく言われます。
お客様はブランドという区切りを重視していない方も多く、色違いやサイズ、合わせる服などについて聞かれることが多いです。色のバリエーション、ブランドごとのサイズ表記はサイトに記載があるので、それを見ることで把握できます。サイズ表記はPOPで掲示もしていますし、商品詳細は販売員用に一覧表を制作し配布しています。
取り寄せ品に合わせるコーディネート提案も、オンワード・クローゼットにあるブランドを超えた特集記事や、スタッフコーディネートの写真を見て考えてもらっています。もう、大体のことはサイトにあります(笑)。ブランドの垣根を超えた方が提案の選択肢も広がるので、購買につながっているのだと思います。
――サービスが成功した理由は、何だと考えていらっしゃいますか。
前川 もともと、色々と試していた中の一つですし、「絶対にこれが成功する」と確信を持って始めたわけではありません。しかし導入した後は、お客様の反応やスタッフの意見などは細かくヒアリングをして、困ったことや改善した方が良いことの反映に努めました。
例えば、「予約は日にちだけでなく、時間帯も指定できるようにしてほしい」とか、「予約したお客様が来店しなかった場合のスキームをつくってほしい」などがありました。サイトやシステムをつくっている方達とも話し合って、定期的にアップデートをしています。
ただシステム面はもちろんですが、上手に活用している店舗とまだできていない店舗で共有する「情報共有会」が、寄与した部分が大きいです。情報共有会は積極的に開催しています。その方が、広がりを生み出す力は強いです。
やはり実際に活用しているスタッフから説明されると説得力は違います。スタッフならではの着眼点もありますし、私達が逆に教えてもらうこともあります。直接伝え合うのが一番良いですが、それが難しい場合は私達の方でアウトプットする場合もあります。
――そうしたノウハウの共有は、「他人に教えたくない」という人も多そうなイメージです。
前川 クリック&トライに関しては、新しすぎてあまりそういう考えがないのかもしれません。始めたばかりのサービスなので、全て完璧にできているお店はないです。予約を取るのがずば抜けて得意な店舗があれば、取り寄せた商品の在庫管理がうまい店舗もあります。お互いに教え合いながら、一番良い方法を皆で考えています。
――立ち上げからこれまでを振り返ったとき、どのような気付きや発見がありましたか。
前川 サービスは始めるだけでなく、継続したり改善したりして、現場に浸透するムードをつくることが重要だと実感しました。やはり新しいことを始めるのは大変で、店頭に加えて商品の製造、発注、サイトの運営、物流管理など、多くの部署の人に理解して協力してもらう必要があります。いきなり派手に始めて「やってください」と言ってもうまくいかないことはありますから、そこは注意しました。
情報共有会は定期的に開催していますが、21年や22年頃と、今では話し合っている内容が全く違っています。それだけサービスの精度や現場の雰囲気を成熟させるには時間がかかり、一足飛び二足飛びで上げていくのは無理なので、少しずつ取り組んできたことが実を結んだ結果だと思います。
今は既存客に向けた普及に注力、今後は知名度のアップも
――今後についても教えてください。サービス対象店舗の拡大は、どのような計画を立てていますか。
前川 ショッピングセンターの店舗は、全店舗で導入しています。百貨店の店舗は交渉中の店舗などもありますが、当社としては、なるべく多くの店舗に導入したいと考えています。
――サービスの認知度を上げるために取り組んでいることはありますか。
前川 普段オンワード・クローゼットを見ていない人は、まだこのサービスを知らないと思います。それはこれからの課題で、今は当社のサイトや店舗を利用している顧客の使用率や認知度を上げ、満足度を高めているフェーズにあります。
おそらく現在は、店頭に欲しい商品がないときにこのサービスを勧められたりですとか、オンワード・クローゼットを見ていて「店頭試着」のボタンに気付いてやってみたお客様が多いのではないかと思います。今は成功体験を積み重ねることに力を注ぎ、スタッフ間で「これは活用したほうが良いね」という雰囲気を形成していければと思います。
(聞き手・都築いづみ)