ちふれ化粧品、百貨店との連携強化へ 朝妻社長に聞く
今年2月1日、ちふれ化粧品の新社長に朝妻久恵氏が就任した。朝妻氏は資生堂出身で、同社および資生堂プロフェッショナルで化粧品、健康食品、ヘアサロン向けの事業に携わってきた。トップの交代という変革期を迎え、ちふれ化粧品はどう成長戦略を描くのか。朝妻氏に尋ねた。
※インタビューは7月5日に行われた
――まずは、ちふれ化粧品の社長に就いた経緯を教えて下さい。
資生堂や資生堂プロフェッショナルでのキャリアを通じて「“美”の力はものすごく強い」と感じていました。退職後、その領域で仕事を続けたいと思って就職活動していた時に、エージェントを介して話をいただきました。元々、ちふれ化粧品は認知していました。今では当たり前の詰め替え化粧品や全成分表示、ノンフロンガスのヘアスプレーのパイオニアとして新たな分野を開拓してきたことに、です。共感していましたし、いとも簡単に新しいモノやコトを決めていく格好いい、面白いことをしている会社だとも思っていました。そうした中で、ちふれ化粧品の成長にコミットできるのではないかと考え、社長を引き受けました。
――新社長としての意気込みをお願いします。
私は過去も現在も1人で意気込むタイプではなく、皆との対話を優先してきました。実際、今年1月にちふれホールディングスの執行役員に就いて以降、約3カ月を費やして北は北海道から南は九州まで行脚し、社員と1対1やグループでのミーティングを重ねてきました。ちふれ化粧品がショップを構える百貨店の担当者にも会いましたよ。同時期には、ちふれホールディングスの片岡方和社長が全国で激励会を行っており、運よくジョイントできたのも大きかったです。社員の「こうしたらいいのに」「何でこんなことをやっているのだろう」といった声をくみ取り、働く環境を整備していきます。
――具体的には、どのような声が多かったですか。
例えば「ちふれ化粧品の商品を、もっともっとお客様に知ってほしい」という声がありました。これは認知度だけではなく、「お客様に『コスパがいい』としか思われていない。ほかの長所を伝えきれていない」という意味も含まれています。売場のつくり方、宣伝が弱っているのです。
一方で、社員の印象は「素晴らしい」に尽きます。好奇心、向上心にあふれていました。ただ、力や可能性を持つ社員が多い反面、どこか窮屈そうに働いていると感じました。窮屈さを解放してあげたら、エネルギーが爆発するのではないでしょうか。そう考え、社員の提案は(確度が)60%くらいの仮説でもゴーサインを出すようにしました。私は失敗という言葉を使いません。想定と結果が違っただけです。それは次に向けて修正すればいいですし、挑戦するカルチャーをつくりたいと考えています。
――挑戦するカルチャーを醸成する上で、何を重視しますか。
信条は全員経営、全員マーケターです。今やマーケティングは特定の部署の仕事ではありません。全ての社員が自主的、自立的に行動し、一丸となってエネルギーを爆発させていく――そんな企業体が理想です。
――就任に際し、ちふれHDの片岡社長からは何か言葉をかけられましたか。
すごく応援してくれています。私の想いや「こうしていきたい」という考えは事前に相談していますし、アドバイスはたくさんもらいました。ただ、具体的な指示などはありません。私を外部から採用した過程で片岡社長にも相応の覚悟があり、尊重してくれているのではないでしょうか。
――就任して5カ月余り経ちましたが、社内の変化を感じていますか。
(挑戦するカルチャーを根付かせようとしているため)社員によって「動きやすくなった」「もっと引っ張ってほしい」に分かれるでしょうが、全般的には「やりやすくなった」と聞いています。ただ、実質的には組織改正を含めて4月がスタートでした。8月以降に店頭の見え方も変わってくるはずで、そこからが本格的な新体制と言えます。
――百貨店業界において化粧品は好調なカテゴリーですが、競合も激しいです。御社は「ちふれ」や「HIKARIMIRAI」「綾花」などのブランドを展開していますが、あらためて強みをどう捉えていますか。
自社で化粧品や容器の製造拠点、研究所を有し、こだわりの強い、クオリティが高い商品を生み出せます。環境配慮や安全基準も徹底的に追求し、ちふれブランドの全ての成分や分量、配合目的まで明らかにしています。そうした姿勢に共感してくれるお客様が多いです。例えば、当社が全ての成分や分量を公開したのは1968年ですが、薬事法(当時)の改正で全成分表示が義務化されたのは2001年で、30年以上前に当たります。アメリカでさえ75年なので、当社は全世界の先駆けといえます。これは一例ですが、お客様の安心を第1とする姿勢が支持されています。
加えて、ブランドの認知度も高いです。ちふれ、HIKARIMIRAI、綾花以外にも「do organic(ドゥーオーガニック)」や「do natural(ドゥーナチュラル)」など個性あふれるブランドを擁しています。各ブランドを扱うショップは全国で約2万3000を構え、うち百貨店は110以上を数えますが、顧客接点の多さも特長です。
しかし、逆に言えば戦略を明快にしなければ、投資が分散して効率が悪くなります。そこが課題と認識しています。前述と重複しますが、価格以外の価値を伝えきれていないのも課題です。特に20~30代に伝えきれておらず、顧客として取り込めていません。当社のメインターゲットは「30代のママ」ですが、リアルな購買層は40~60代です。
――長所と課題を認識した上で、何から手を打ちますか。
1つ目は、ブランドポートフォリオの再構築です。それぞれのパーパス、バリュー、ターゲットを決めて、投資を最適化します。4月に着手しましたが、まずは調査が重要です。社員の思い込みでなく、お客様の声が必要で、10月に「マーケティングカンファレンス」を初めて開きますが、それまでにまとめます。
2つ目は、社員が安心して働けるように会議体を見直しました。従来は取締役会中心の運営でしたが、私は合議制にして意見を戦わせつつ決めていきたいと考えています。そこで、社員のチャレンジなどをスピーディーに決裁するための場所として、部長級以上が任意で参加できる「マネージメントミーティング」を1カ月に2回開くようにするとともに、その後に役員が現状を確認する「マネージメントチームミーティング」、さらには3カ月に1回の「全社員ミーティング」を始めました。
会議の名称にもこだわりがあり、カタカナに統一しました。以前の硬さを感じさせる名称をカタカナにすることでイメージを柔らかくし、社員に「変わった」と印象付けるためです。すでにマネージメントミーティングは「MM」という略称が使われるなど定着してきました。
また、当社の情報を「マーケティングインフォメーション」としてちふれHDに伝え、プロモーションを連動させられるようにもしました。これまではちふれHDの社員が当社に聞きに来ないと新商品などの情報を把握できませんでしたが、今後は商品とプロモーションが一気通貫でできるようになります。このマーケティングインフォメーションも「MI」という略称が使われています。
3つ目は、当社の“正直な”情報公開と省資源への想いを伝える場を増やしていきます。具体的には、一般社団法人日本記念日協会に登録された4月20日の「肌には知る権利がある記念日」、6月25日の「詰め替えの日」、11月1日の「化粧品カーボンフットプリントの日」に合わせて商品や参加型のイベントを打ち出し、盛り上げて購買意欲を喚起します。従来はウェブサイトやSNSでの発信にとどまっていました。当社のスローガンは「くらしと、ともに。」ですし、発信力のある会社として皆が環境について考えるきっかけを提供します。目下、来年の6月25日の詰め替えの日に照準を合わせて準備を進めています。
参加型のイベントを行おうと思ったのも、ラウンドテーブルが契機です。私自身もイベントが好きです。皆の力が1つに向きますし、達成感も得られますからね。ちふれ化粧品の商品は、生活の中で身近にあります。参加型のイベントを通じて、もっともっと身近に感じてもらえれば幸いです。商品の利用者は幅広いですし、家族で参加できるイベントを検討しています。
――今後の商品開発については、いかがですか。
これからです。どういうニーズがあるか、精査しなければなりません。大切なのは、お客様に寄り添う姿勢です。付け加えるならば、1つの商品をできるだけ長く売りたい。生み出してはなくなり――の繰り返しは環境に良くないですからね。例えば、分かりやすく伝えて新しいお客様に知ってもらえれば、1年前に出した商品でも新商品となります。
他方、お客様の声をきちんと受け止めていると示す、新しい施策もスタートさせます。フィードバックの結果を、ウェブサイトにレポート形式で掲載します。当面は1年に2~3回は発信し、徐々に増やしていきたいです。
――足元の業績を教えて下さい。
2023年度の売上高は、美白シリーズなどの新商品を相次ぎ投入した効果が表れ、前年比11.5%増でした。24年度はその反動もありますが、全体的には安定しています。20~30代の新しいお客様の獲得が引き続き課題ですが、秋には新商品の発売や既存商品のリニューアルが予定されており、店頭も変わるので、それに合わせて注力していきます。新しいお客様の獲得は積み重ねです。すぐに反応があるとは思わず、腰を据えて取り組みます。
――百貨店でのビジネスについては、いかがでしょうか。
百貨店で相談しながら商品を購入したいお客様は多く、当社にとってもワントゥワンの接客から重要な情報が得られます。百貨店は欠かせないチャネルです。今、百貨店業界では大手がインバウンド(訪日外国人)の恩恵で業績を伸ばしていますが、全体としてはまだまだ厳しい状況です。変革期と言えます。当社は主に百貨店の上層階にショップを構えていますが、今後はリビングの売場や催事などと連携して、「心ゆたかで彩りがある生活」を提案していきたいと考えています。百貨店では複数のブランドを揃えた「グループショップ」を展開していますが、一つ一つのブランドをブラッシュアップして進化させ、お客様に高揚感を与えられるようにします。
当社のショップは化粧品売場でなく上層階にありますが、その意味も感じています。「化粧品売場は入りづらい」という人もいますからね。当社のショップは、気軽に足を運んでもらえます。実際、南九州のショップでは20歳になっていないと思われる女性が美容部員にメイクを教わっているのを見掛けました。1階の売場で教わるのは抵抗があるかもしれませんが、当社のショップなら周囲を気にせず済みます。来年の春先に向けて、ショップでのメイクのレッスンを検討中です。就職活動向けも視野に入れています。母子での来店が多いという特性も生きるでしょう。ショップでのレッスンを本格化するため、カウンターも整備していきます。
日本はこれからどんどん高齢化が加速します。百貨店の化粧品売場を“卒業”するお客様も増えていくのではないでしょうか。そうした方々の受け皿を担い、百貨店のリビングの売場や催事との買い回りを増やしていきます。
(聞き手:野間智朗)