東京ソワール、想いを形にする丁寧なものづくりを発信
東京ソワールは先ごろ、2024年秋冬の展示会を開催し、同社のものづくりの現場をプレゼンテーションした。時流に即した企画とデザインから、再現性を徹底的に追求する試作、製品づくりの生命線であるパターンづくり、着心地の良さを生み出すアイロン掛けとミシン縫いまでのプロセスを、実際のデザイン画や素材、型紙をレイアウトして展示した。今年は創立55周年の節目の年でもある。同社内外に向け、創業以来受け継がれてきたものづくりへの想いと姿勢を発信する。
今回の展示企画「atelier SOIR(アトリエ ソワール)」について、同社デジタル戦略部長兼マーケティング室長兼レンタル部長の島村聡氏は「商品価値をお客様へどれだけ伝えられるかを毎日考えている中で、その価値は(製品をつくり出す)根幹の部分にあるのではないかと気付いた。当社のものづくりへのこだわりを多くの方に知っていただきたい」と、意図を語る。島村氏は昨年、岐阜にある協力縫製工場を周り、現場の職人達からも相次いで制作へのこだわりを聞いた。こうしたつくり手の想いも何かの形で伝えたいと考えたという。
会場中央には白を基調としたスペースが設けられ、最前列に仮縫いの布をまとった何体ものトルソーが並ぶ。その後ろには、製品を仕立てる工程を4段階のステップに分け、それぞれブースを設置した。まず初めの「企画・デザイン」は、シーズンごとに担当者がトレンドを考慮して企画し、社内デザイナーが時代感を取り入れた最新のフォーマルウェアをデザインする。デザイナーはデザイン画を起こし、それに合う生地やテイストを考え、営業担当やMD担当と詳細を詰める。使用する黒の生地サンプルは大きなキャビネット2台分の量を誇る。生地の性質は千差万別で、デザインの特徴やシルエットなどに合致する生地を選別する。
次いで、デザイナーがデザインをリアルに再現するための重要なファーストステップとなる「トワル」。トワルとはフランス語で「仮縫いのサンプルをつくるために使用する綿の平織物」を意味する。同社では「確認のためのサンプル制作」の意味合いで「トワルを組む」といい、2番目の段階をトワルと呼ぶ。ここでは、パタンナーがウエアの見た目だけでなく細部へのこだわりを入念にチェックしながら、製品としての再現性を突き詰めていく。
「ドレープがきれいに出せるか」「パーツに合わせて生地をどう取っていくか」などを含め、デザイナーが意図したものと同じ表現ができるかを、実際に選んだ生地を使用して1着分のトワルを組む。サンプルには「シーチング」と呼ばれる安価で縫製作業がしやすい生地を使うのが一般的だが、同社では1着分の大半を使用予定の生地で試し、シーチングは背中の半分だけなどに限定している。「生地によって寸法の取り方やパターン(型紙)の引き方も変わってくるので、それが変わってしまうと全く違うものになってしまう。型紙をつくる前にしっかり具現化できるようにトワルを組む。特にフォーマルの場合は、ちょっとした違いが致命的になる可能性がある」(島村氏)
生地でデザイン通りの再現性が確認できた後は「パターンの打ち込み」に移る。工場で製作するために用いるパターンをデータに変換する段階で、全てのパーツを一寸の狂いなくデータ化し原寸大にプリントする。言わば設計図のようなもので、このパターンが工場で商品をつくるための生命線となる。島村氏は「せっかくトワルを組んでパーツごとの寸法を出しても、ここで間違ってしまうと全てが水の泡になる」と重要性を口にする。
パーツごとの寸法の出し方は、例えばスカートの裾をフラットなラインにする場合、パターンを真っすぐに引けばいいわけではない。使用する生地の特性によって、重さで両端が下がってしまうこともある。そのため5cmのスパンで床からの高さを測り、部分的に伸びてしまいそうだと判断した際は、1mm単位で伸びを計算してパターンを引き、着用時にフラットになるように仕上げる。以前クラウドファンディングサイトの「マクアケ」で、こうした作業内容を紹介したところ想像以上の反響があり「『そこまでこだわってつくっているのなら良いものに違いない』と、即購入につながった。伝えることの大事さを肌で感じた」と、島村氏は実感したそう。
4つ目の工程は、熟練の技術を要する「中間アイロン・ミシン縫い」となる。立体的な人間の体にフィットさせるために欠かせないアイロン掛けで、ミシン縫いと合わせて着心地の良い製品に仕上げる。会場では、担当者が袖のパーツに施す中間アイロンを披露。袖に腕を通した時に肘を曲げるためには「ゆとり」が必要となる。しかし生地の全てに均一にアイロンを掛けてしまうとゆとりがなくなってしまう。そこで、基準となる脇と袖がつながっている部分の「内袖」を、パターンの形状を崩さないよう注意しながら真っすぐにし、肘部分の生地を寄せてゆとりをつくった後に、袖の生地全体にアイロンを掛ける。こうして肘の可動域をつくる。
中間アイロンの担当者は「体は立体なので、どこにシルエットを持ってくるかは技術者の手次第。どこの工場で行っても同じに仕上がるよう指導している」と説明する。そのほか、生地の切り替え部分にそのままアイロンをかけると、生地が傷みテカリや伸びといった「当たり」が出てしまうため、当て布の種類も部分によって変えている。
こうした作業の詳細までは社内での情報共有が難しく、東京ソワールの中でも知る人は多くなかった。島村氏も「工場でアイロン掛けの作業があることは知っていたが、その内容までは把握していなかった」と明かし、「我々が持っているバリューの再認識にもつながった。企画として良かった」と、収穫を得た様子。
パタンナーも世代交代しているが「製品づくりへのこだわりは脈々と受け継がれている」と島村氏。「創業者の児島絹子の想いがまだしっかりと残っていることは、東京ソワールの価値につながっている。ものづくりをする人の想いが、定期的に全社で情報共有できるようなプラットフォームをつくっていかないと(いけない)。外に出ていく営業担当者やデジタル事業に携わるスタッフも、その根幹の部分を把握してお客様に伝える努力をしていかないと、と今回強く思った」と語る。
アトリエ ソワールの企画については、来場した百貨店の担当者からもウインドウでの展示を希望する声があったという。今後は内容のブラッシュアップも含め、リアルでの展示だけでなく動画形式での展開も検討していく。
近年はフォーマルのルールやマナーの二極化が進み、同社もシーンを限定しない多彩なデザインやカラーのウエアづくりに注力している。顧客にも、オーセンティックな形式を守った服を着たい人もいれば、しきたり通りではなく、自分の着たい装いで弔意を表したい人もいる。オリジナルブランドの「ヒトイロ ソワール」や「エッセンス ソワール ペルル」で、汎用性のある黒のウエアも展開してきた。
こうしたことを背景に、今秋はカラーでも様々なオケージョンで着られるウエアを打ち出す。OEMで展開する「Demikitte(デミキッテ)」は、シンプルなデザインのワンピースや美しい刺繍のジャケットなど6型をラインナップ。スモーキーなニュアンスカラーも組み込み、スカーフや靴との自由なスタイリングも推す。「百貨店に来るお客様で『“ザ・フォーマル”ではなく、着回せるドレスも見てみたい』という要望が一定数ある。価格は5万円を超える程度で、どのようなニーズがあるのか調べてみたい」(島村氏)。まずはトライアルとして同社直営店「フォルムフォルマ」での販売を予定する。
東京ソワールはフォーマルに軸足は置きながらも、時代とともに変化するフォーマルの様式に合わせ、毎シーズン新たな装いを提案してきた。「顧客の人生に寄り添う製品を、丁寧にこだわりを持ってつくり続けてきた。技術、知識、クオリティはどのメーカーにも負けない。東京ソワールのものづくりへのこだわりを価値として知っていただく、そこはもっともっとやっていかないといけない」と島村氏。株式会社化から今年55周年を迎え、気持ちを新たにフォーマルシーンをリードしていく。
(中林桂子)