T.M.L、最先端の蒸し調理で“炊き立て”の冷凍ご飯
2024/04/26 4:10 pm
株式会社T.M.Lの蒸し調理技術「ソフトスチーム技術」(以下、ソフトスチーム)が、食品業界に新風を吹き込む――。早稲田大学と埼玉県と共同で開発した最先端技術で、素材本来の味を最大限に引き出し、旨味や食感を生かす加熱処理で、あらゆる食材の「下ごしらえ」を実現した。中でもコメの加工には開発に12年を要し、商品化した冷凍ご飯は“炊き立てのおいしさ”が味わえるとして、百貨店での販売もスタートした。新たな技術で食材の長期保存を叶え、食品ロス削減や環境問題対策、ひいては日本の食料自給率向上といった社会課題解決にもつなげたい考えだ。
地域活性を目指した食材加工技術、最適な「下ごしらえ」を実現
T.M.Lは2003年、早稲田大学プロジェクト研究所の研究テーマから派生したベンチャー企業として設立した。テーマに掲げた「21世紀のやさしいまちづくり」の下、食品部会を立ち上げ、研究対象を検討。T.M.L代表取締役社長の山川裕夫氏は「21世紀は『地方の時代』と感じていた。地域の農畜水産業が活性化しないとその地域も活性化しない。しかし良いものをつくっていても、かなり捨てている。これを新しい技術で何とかできないか」と思った。こうして、早稲田大学社会システム工学研究所と共にソフトスチームの開発に着手。研究拠点が埼玉にあったことから、埼玉県産業技術総合センターともタッグを組み、3者による共同研究となった。
3者で開発に成功したソフトスチームのメソッドをまとめると、➀「最高品質の加熱処理」②「食素材の組織や細胞を守る」③「品質の最適化」④「1℃単位の加熱温度制御」⑤「安心安全の食素材を実現」⑥「過熱プログラムのCLOUD化」――の6つ。
➀は一般的な対流加熱に加え「凝縮熱(SSヒート)」と「飽和湿り空気(SSモイスト)」を利用することで、熱を奪う気化熱を抑え、食材内部まで効率良く均質に加熱できる。②は100℃以下で各食材成分に最適な温度で保湿加熱、必要な熱変性のみを起こす。③は温和な適温保湿加熱により細胞組織を保持し、品質劣化変性を抑制する。④は素材の各種酵素変化を考慮しながら1℃単位で温度調整し、旨味や香りなどを最善の状態に引き出す。⑤は過剰な熱を加えず、菌の死滅温度を考慮してコントロールする。⑥は希望する食材の用途別プログラムを選び、ボタンを押すだけで最適な加工ができる。
スチーム加工の研究はまず野菜から始め、食材の幅を広げていった。様々な食材を試すうちに気付いたのは、加熱温度。これまで沸点も蒸気も100℃を使用していたが、80℃を超えるとほとんどの食材の細胞組織が壊れ始めることが分かった。栄養素や旨味成分がとどまっている細胞組織が破壊された途端に、栄養も旨味も落ちてしまう。研究の結果、細胞組織が壊れる条件は「乾いた加熱」と「高い熱」と判明。山川氏は「乾かない熱で、100℃以下でコントロールすれば細胞が壊れないことが分かった。素材ごとに(温度は)異なるため、そのデータを一つ一つ取っていこう」と決めた。
データは、1つの食材につき1つの加工ではなく、「煮る」「焼く」といった用途別、「スライス」「スティック」といった形状別にも集めた。目的に沿った下ごしらえを施すことで、食材の保存や保管がしやすくなり、仕込みの手間や調理への負担軽減にもつながる。
これらの画期的な技術は、デパ地下に入る惣菜店や和菓子店、レストランや弁当製造業者など、食材の下処理が必要なクライアントのニーズを捉え、T.M.Lが販売するスチーマーの購入にもつながっている。長年、自身の勘で下ごしらえをしてきた料理人は、若い人達に教えるのが難しい場合もあるという。しかし「これなら誰でも正確に下ごしらえできる」と好評を得ているようだ。
12年かかったコメの加工、“炊き立て”の冷凍ご飯誕生
ソフトスチームで下ごしらえした米が存分に生かされた一品が、「ソフトスチーム冷凍ご飯」だ。既存のパックご飯は炊いた米を包装し、再加熱して食べられるようになっている。一方でT.M.Lのパックご飯は、コメを70%の炊飯状態で急速冷凍し、電子レンジで3分40秒加熱すると炊き立てになるようにつくられている。
今年3月20日には「GINZA FROZEN GOHAN」として、松屋銀座店が自社運営する冷凍食品売場で取り扱いが始まった。発売前に行われた試食会での評価も高く、松屋にT.M.Lを紹介した米専門店「米処 結米屋」を運営する株式会社シブヤの澁谷梨絵代表取締役も「冷凍ご飯の概念が変わった」と驚きを示す。発売後も評判は上々で、2個入りセットが1カ月足らずで120個以上売れているという。
実は、冷凍ご飯に使用するコメの下ごしらえは、質を担保するまでに12年かかった。山川氏は「おいしいをどう探すか」について「食材は熱のかけ方が違うと全くおいしさが出てこない。コメも同じで、でんぷんが糊化(こか)しておいしくなっても、どこかで細胞が壊れれば炊き上がった時にべちゃっとなる」と説明する。
コメの細胞を守るには、コメに含まれるでんぷんを吸水糊化(きゅうすいこか)させた状態で、米粒内にある酵素を働かせる必要がある。そうすることで、膨潤したでんぷん粒を壊さず、甘み成分であるブドウ糖をでんぷんゲル内に生成し、弾力のある米粒の食感も長持ちさせられる。「技術が主役ではない。素材が主役で私達はそれを引き出すだけ」(山川氏)。
山川氏は、苦労の末に商品化した冷凍ご飯で「日本の食料自給率向上に貢献したい」という考えも持つ。現在、国内における主食用米の需要は減少しており、23年7月の農林水産省の発表では23年産主食用米の需要量(23年7月〜24年6月、速報値)は681万トンを予想。 22年産と比べて10万トン少なく2年連続で過去最低を更新する。生産者の生産意欲も減退し、食料自給率向上の危機にもつながっている。
一方で、「パックご飯」の市場は拡大中。農林水産省「食品産業動態調査」によれば、22年に生産量は24万5800トンと過去最高で、14年には16万9300トンだったのが8年間で1.45倍になった。すぐに食べられる手軽さや長期保存できる利点から、年々消費量が上がっている。
山川氏は「コメの海外輸出」と「生産者と水田の環境保全」を挙げ、コメの普及とコメ中心の地域農業活性化が、廃棄ロスや消費促進につながるとし、それを冷凍ご飯で実現するのを目指す。その上で重要視したのが、冷凍ご飯であっても「炊き立てのおいしさ」が味わえることだった。
ソフトスチーム技術が目指す方向性、海外進出も視野に
ソフトスチームは現在、約800種類の食材加工データを有する。かねてより海外進出を視野に入れており「データがとにかく大事」と山川氏は言い切る。データのクラウド化もこうした考えによるもので、以前はスチーマーにデータを搭載した状態で販売したこともあったが、模倣されるリスクから今ではスチーマーのみ販売する。冷凍ご飯も、海外への販促を計画中。今後プラスチックの包材規制の可能性も念頭に、容器は紙製にし、焼却による環境問題にも配慮した。
ソフトスチーム技術の今後について、山川氏は「各産地のコメや野菜を使い、その生産者の収入にもつながり、料理になっていく。それが1つの方向性」と語る。構想にあるのは「料理キット」で、下ごしらえ済みの食材が揃っていれば4分の1の時間で調理ができる。特に地域のこだわりの食材を使用した料理キットをテーマとする。「山形米の『夢ごこち』と新潟米の『新之助』が技術と合わさった時、予想以上の反応だった」(山川氏)と、GINZA FROZEN GOHANは今後への十分な確信にもなったようだ。
膨大な食材のデータを取り続けた結果、「20年かかってしまった」と笑みを浮かべる山川氏。ソフトスチーム技術の開発当初に目指した、地域活性化につながる農畜水産業の活性化に、着実に歩みを進める。
(中林桂子)