【連載】富裕層ビジネスの世界 ベールに包まれたプライベートバンクの中身
富裕層だけが受けることのできる特別なサービスである「プライベートバンク」。そこでいったいどのようなサービスが行われているのか、具体的に見ていくことにしよう。
プライベートバンクとは、一定の最低預け入れ金額以上の資産を有する富裕層向けに特化したサービスを提供する金融機関を指す。顧客の資産を預金として預かるにとどまらず、資産運用や資産の保全、そして将来の承継に備えた対策や手続きに至るまで、ありとあらゆるサービスを一手に行っている。
プライベートバンクの発祥の地は、欧州の富裕層や貴族の資金逃避地であったスイスだ。資産運用の知識と実績を持つ専門家や富裕層が合資・合名会社をつくり、会社の財産を運用するにあたって連帯して無限責任を負ったことが始まりと言われている。
当時のプライベートバンクは、富裕層家族、または複数の家族が共同で所有する無限責任の形態が多かった。広く世間一般から預金を集め、融資や貸出を提供する一般的な銀行とは一線を画した、富裕層家族のためのブティック型銀行だ。
その後、金融機関の発展や金融規制の枠組みの変化とともに、有限会社化や株式会社化、株式公開などが進み、2014年の銀行法改正により、無限責任のプライベートバンクという形態は消滅している。
このような成り立ちであるため、プライベートバンクを利用するに長けた欧州の富裕層家族は、何世代にも亘って1つのプライベートバンクに全財産を任せ、取引を続けることが一般的だ。プライベートバンク側は、顧客である富裕層家族の資産状況をすべて把握した上で、家族の歴史や将来像を含めて理解して、目的に沿った資産運用をはじめ様々な提案を行っていく。
まさに至れり尽くせりのサービスを提供するのが、プライベートバンクなのだ。
プライベートバンクが提供するサービスは、大きく分けて資産運用(ウェルスマネージメント)と、資産管理・保全(エステートプランニング)に分かれる。プライベートバンクの成り立ちが、富裕層家族の資産の長きにわたる承継であることから、この2つは車の両輪だ。
短期間で高収益を上げる運用が実現できたとしても、その収益に高い税率が課されてしまえば、手元に十分な果実が残らないし、相続が発生して資産が減少してしまえば大きなダメージとなってしまう。つまり資産を効率的・効果的に運用し、合理的・合法的に承継させる必要がある。
管理の対象となる資産は富裕層家族の資産全体であり、その多岐にわたる資産の管理に携わる専門家も必要とされる。金融資産の運用だけではなく、財産や事業の継承、居住国での生活のための財産管理、財産を管理する国での管理や信託設定、もっと言えば慈善活動支援などまで含むこともある。
日本国内のプライベートバンクでは、日本の規制に従って金融サービスが提供される。日本に居住する顧客自らの意思で海外の金融機関に口座を開設して、日本以外で提供される金融サービスを受けることも可能だ。日本は外為法も自由化されており、資本規制もない。自分の財産を海外で管理・運用することはできる。
ただ、そこで提供される金融サービスは、当該国の金融当局の規制を受けたものになる。日本の居住者は、海外での運用などで得た実現益に対して納税義務が発生することには気を付けておくべきだろう。
香港やシンガポールと比較すると、提供されている商品の種類や投資機会の幅は日本の方が狭い。英語の書類をそのまま使用できなかったり、日本の業者を介在させなければならなかったりするため、手間やコストがかかってしまうからだ。
ただ、近年、超低金利という資産運用には著しく不利な環境下、富裕層の資産運用ニーズの高まりもあり、日本の金融機関も奮闘はしている。日本で提供されるヘッジファンドやプライベートエクイティ投資、デリバティブ商品などの種類や数は、この数年で相当に増えた。
一方、資産運用以外のエステートプランニング・サービスでは、日本と海外の差はかなりの開きがある。プライベートバンクは、顧客のライフステージに合わせ、金融商品のみならず資産の保全や承継について顧客やその家族の希望を実現するよう、保険や信託などを絡めた提案を行うが、この領域では、日本で可能なことは限られている。
最低預入金額は近年上昇している。スイスの大手金融機関は、提供するプライベートバンク顧客の最低預かり金額を1000万ドルに引き上げ、最低金額に満たない顧客には、口座維持手数料を徴求すると通達した。
既存の顧客からの強い反発もあり、結局この基準は緩和されたようだが、大手金融機関は経営の効率化を優先して「選択と集中」を進めており、それが最低預け入れ金額の設定を上げるというトレンドになっている。現在では、アジア系大手金融機関のプライベートバンク部門や、スイス系ブティックプライベートバンクで300万ドル程度が最低預け入れ金額の目安となっているようだ。
日本やアジアの富裕層は、欧州の富裕層と異なり、複数のプライベートバンクを使い分ける傾向がある。自分や家族の資産の全体像を把握されたり、家族の詳細にまで情報を共有することを嫌ったりする傾向が強いことも背景にあるようだ。つまり、日本やアジアの富裕層は、どちらかというと資産運用に偏ったプライベートバンクの使い方をしていると言える。
海外のプライベートバンクとコンタクトを取るには、既存の顧客からの紹介が効率的だろう。友人や知人に、すでにプライベートバンクとの取引がある人がいれば、その人からプライベートバンクの担当バンカーに接触を試みることをお勧めする。
プライベートバンクと取引を始めるためには、口座開設手続きの前にKYC(Know Your Customer)というプロセスを経なければならない。これは、金融機関から見て、顧客のことをしっかりと理解していることを確認するためのものだ。
職業とその内容、どうやって財を築いてきたか、家族構成、投資経験、ほかの金融機関との付き合い、自身や家族の将来の希望に至るまで、さまざまなヒアリングを受けることになる。日本人にとってみれば、やりすぎではないかと思われるほどだ。しかしこれも富裕層の資産を守るためで、致し方ないことと言える。