2024年10月30日

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プレイヤーづくりの拠点として機能する「ミカン下北」の「SYCL by KEIO」【京王電鉄 角田匡平氏インタビュー】

ワークプレイス「SYCL by KEIO」。A街区4階にコワーキングスペース、5階にシェアオフィスがある

京王電鉄が22年3月に開業した、商業エリアとワークプレイスからなる下北沢駅高架下施設「ミカン下北」が丸2年を迎えた。飲食を中心に約23店舗が集積された施設は、抜群の立地が客足に拍車をかけている。コワーキングスペースやシェアオフィス、スモールオフィスからなるワークプレイスは、下北沢で「何かコトを起こしたい」「面白くしたい」というプレイヤーを集める拠点。働く場としてだけでなく、ビジネスを生み出す機能も果たしている。京王電鉄開発事業本部SC営業部課長補佐ミカン下北運営責任者の角田匡平氏に、ワークプレイスを拠点にした活動や事業の進展状況を聞いた。


京王電鉄開発事業本部SC営業部課長補佐ミカン下北運営責任者の角田匡平氏

――鉄道会社各社の立体交差事業による高架化(地下化)によって高架下商業施設の開発が続いていますが、ミカン下北の場合は「ようこそ。遊ぶと働くの未完地帯へ。」をプロジェクトコンセプトに掲げ、「下北沢の自由で雑多な空気の中で、多様な人々がジャンルや価値観を超えて混ざり合い、予想もつかない何かが生まれる場所を目指す」とうたっているように、単なる商業施設ではないようです。施設全体の名称であるミカン下北のミカンは“未完”を表現しているそうですね。

対外的には商業エリアとワークプレイスが同居した複合施設と答えていますが、ミカン下北が単なる商業施設でないのは、下北沢の街を面白くしたり、楽しくしたりするアクションをここから起こしていく施設だからです。その背景にあるのはエリア間競争と人口減少です。私共京王電鉄にとって鉄道が根幹となる事業ではあるものの、少子高齢化で国内人口が減少に向かっていることは乗客数の減少をもたらすことになります。商業施設においてもエリア間競争が激しさを増し、それに勝ち抜いていくには街を魅力的にして街中に集客していくことが必要。とはいえ、街を活性化して人を呼び込むには担当者にやる気があっても手間も労力もコストもかかるし事業としての継続が難しいです。

街づくりは一足飛びでできるわけはなく、長期的視野をもって当たる必要があります。その仕組みをしっかりとつくり上げ、街の魅力化と合わせて長期的な利益を同期させる――。そのためにミカン下北という施設をフルに活用して街を面白くする、魅力的にすることにフォーカスし、施設の上層階にコワーキングスペース・シェアオフィス・スモールオフィスからなるワークプレイス「SYCL by KEIO(サイクル バイ ケイオウ)」(事業主体:京王電鉄、株式会社ヒトカラメディア)をプレイヤーの拠点として立ち上げました。

――下北沢はサブカルチャーの街、若者の街として以前から賑わいのある街ですが、着目しているプレイヤーとはどのような人達ですか。

下北沢には街を良くしたい、面白くしたいと思っている人が大勢います。ユーザーという視点だけでなく、今街で活動している人、街でこれから活動する人を含めたプレイヤーの人達を巻き込んで一緒になって仕掛けていく施設であり、ユーザーとプレイヤーが同時に集まる生態系をつくり上げることが大きなテーマです。プレイヤーと一緒に何か面白いイベントやプロジェクトを仕掛けると、そのイベントやプロジェクトに参加されたユーザーが「こんなに面白いならチャンスがあれば自分もやってみよう」となり、ユーザーからプレイヤーに変わっていきます。プレイヤーが増えるとユーザーが増え、ユーザーの中からプレイヤーが増えていくといった循環を、生態系という形で増幅していきたいと考えています。

このようにミカン下北はプレイヤーを集める機能と働く場となる機能を担っており、働く場をつくることについてはもう1つ戦略があり、下北沢の街は昼間人口が少ないという点に着目しています。飲食店舗にしても土日は人があふれるほど賑わうのに、平日の昼間は集客が弱く、平日と土日の格差が大きいのが現状です。ならば我々がオフィスワーカーを街に増やすことができれば、そのギャップを少しなりとも補うことができるのではないかと考えました。

下北で何かやってみたいを実現に向けて話し合う「下北妄想会議」

—―下北沢にビジネスのイメージは薄いようですが、ミカン下北のワークプレイスを拠点にしてどのような仕組みでプレイヤーにアプローチをかけたのですか。

下北沢で働いていたり、街中で商店を営んでいたり、下北沢から離れたところで活動している人も含め、下北沢で何かやってみたい、アクションを起こしたいといったプレイヤーと自分達も一緒になって仕掛け、実装していくことにあります。まず下北沢で起こるチャレンジングな取り組みや何かを企み、仕掛けていくプレイヤーにフォーカスして発信するウェブメディア「東京都実験区下北沢」を始動させ、「実験」を切り口にして下北沢に関わる様々なプレイヤーに取材し、実験や企み、その背景などをレポートし発信します。実際にどんなことをやりたいのかを皆でシェアして膨らませるプログラムが、下北沢の街とつなげるきっかけの場となり、様々なジャンルのプレイヤーが交わる場として機能している「下北妄想会議」です。

—―妄想というと、誇大妄想とか被害妄想とかを思い浮かべてしまいますが。

そこがミソなんです。こちらからアイデアを募ったり、こんなことをやりませんかと投げかけても実現性のある決まりきったものしか出てきませんが、妄想だと自由で突飛な発想なので、面白いものとかユニークなアイデアが生まれてくるんですよね。

妄想を実際に形にして具現化していくためのプログラムとなるのが「studio YET」です。studio YETはやってみたい人に「やってみようよ」と背中を押してあげます。そのために僕らが資金を提供するのでなく、一緒になってアイデアを膨らませてあげたり、理解者になれる人にコンタクトしてあげたりして応援することです。

下北妄想会議やstudio YETはどちらかというとプレイヤーが増えていく過程、コトが起こっている過程に価値があると思っています。それを実際に下北沢の中でビジネスを起こしていくプレイヤーに対して事業共創し、実装していくのがエリアオープンイノベーションプログラム「ROOOT(ルート)」です。僕らが手掛けている事業はプレイヤーを増やしたら終わりでなく、次なるビジネスにつないでいくことが重要で、studio YETで妄想を実際に実現したいことを形にしながら、ROOOTを活用してさらにビジネス化していくということも考えています。

—―studio YETやROOOTによってイベント化、事業化された案件はあるのですか。

studio YETのプロジェクトですと、下北沢は割とアートを含めクリエイターの存在が目立ちます。そのクリエイターの方が自ら企画して「想いやり展」を開催しました。その方は作品を見てもらう一般的な作品展でなく、目に触れる機会がない作品への想いや制作のプロセスなどを表現したいそうです。また、下北沢の特徴でもある個店ともマッチングしてアートと共に発信しました。

イベントでいえば、studio YETから生まれたプロジェクトではありませんが、演劇をされている方々から「演劇を見るハードルを下げていけるようなことがしたい」「ミカン下北の施設を使って演劇はできないか」との相談を受け、それを施設内の店舗で実現しました。決まりきった形では面白くないので、10分間の時間制限を設け、いきなり店の中に登場して始まる没入感ある劇となりました。お笑い系の人からも問いかけがあり、これも実現に至り、当施設内にはオープンスペースがないので日頃開放していない屋上でお笑いイベントを開きました。

こうしたイベントについては、年間でスケジュール立てている商業施設の販促施策とは異なり、こんなことをしたいとプレイヤーからの働きかけを実現させていくので出たとこ勝負です。しかもイベントはやりたいという方が自ら企画しているので、企画者が自分事として捉えることができますし、僕らは企画者が主体的になってもらうことを第一とし、企画を一緒にブラッシュアップしながらも、場所を提供したり、協賛したりする形で関わっているので、莫大なコストを掛けなくてもイベントの遂行が可能な仕組みになっています。

—―ビジネス化による事業の進展はありますか。

SYCL by KEIOの会員になっている入居者の方からは「ここは駅から近いし、40分かけて渋谷に出て働くのと遜色ない」「オフィスが下北沢という楽しい街にあるので社員のモチベーションが上がっていいね」と言われ、SYCL のコンセプトに共感されて会社を構えてくれた人もおり、オフィス事業の可能性に手応えを感じています。ミカン下北の商業施設とワークプレイスとが連携する動きも出てきました。例えばミカン下北に入居されている店舗はナショナルチェーンではありません。ウェブ関連が整っていない店舗も存在します。その店に対してSYCLのメンバーの方がホームページを開設してあげたケースがあります。SYCLに入居されているメンバーはビジネスのノウハウや技術力を持っていますから、店舗側が抱える課題を解決してあげるなど、もっと入り込んでオフィスと商業とのつながりを深める必要性を感じています。

多彩な飲食店が張り付き賑わいのある「ミカン下北」のA街区通路

—―ところで飲食店を中心に構成されている1、2階は結構賑わっていますね。両側に韓国、ベトナム、タイ、台湾などの料理店が並んでいる所は、どこかアジアの国に入り込んだ趣があります。

あのゾーンは様々な店があり、選択肢があるので、初めて下北沢に来た人にとっては来やすい印象があるのかなと思っており、想像以上にお客様を呼び込めていると感じています。出店している一つ一つの店舗の魅力でお客様を集めている面もありますが、この施設自体、駅の改札を出てすぐですから、その抜群の立地が大きな集客力になっていますね。商業施設においては飲食店舗などを中心に企業とのタイアップの動きが出てきており、最近ではビールメーカーが新製品の先行販売を行いました。

プレイヤーのチャレンジが実現され、ミカン下北の大階段で開催されたイベント「下北www.2023」

—―開業されてから新型コロナウイルスによる逆風もあったと思われますが、これまでの2年の間に事業に進展がみられたようですね。

自分達のやりたいことを明確にし、それに向かって常に行動を起こしてきたので、コロナ禍による閉塞感はありませんでした。ビジネスチャンスも多々あり、こういう活動を続けていけば、間違いなくもっと広がっていくと思っています。実験を切り口にした東京都実験区下北沢というウェブメディア、下北沢にコトを起こす仕掛けとなる下北妄想会議に続いて、妄想を実際に実現させるプログラムstudio YETと、それを実際に実装してビジネスにしていくROOOTを加えて仕組みを整え、街の魅力化と京王の長期的利益にも同期させるところまで前進できたというのが、これまでの2年間です。3年目は地域、人、商店街、企業などとビジネスをもっとリンクさせ、もう一歩先を目指したいです。

とにかくビジネスチャンスがありますから。もっと街中に目を向け、街中にある建物の上層階部分にオフィスを広げていくなど、空き家を活用する選択もあります。例えば週に2日や3日休業している店舗があれば、その休業日を活用させていただきます。実は私共のSYCLでも会議室の利用が埋まってしまい空きがない時間帯が生じてきました。そんな時、その店の休業日に会議で使わせてもらうようなアプローチも考えています。加えて、ここ下北沢で面白いことをしたいというプレイヤーをもっと巻き込み、地域の活力を上げていくことにも注力していきます。

(聞き手:塚井明彦)