【連載】富裕層ビジネスの世界 仕送り500万円のリッチ中国人留学生が日本に来る理由
かつて日本人向けの進学予備校や学生ローンの看板があふれ、“学生の街”だった東京・高田馬場。今や中国人向けの進学予備校や法律事務所、中国料理店の看板に取って代わられ、20代前半の若い中国人であふれている。彼らは中国からの留学生たちだ。なぜ中国人留学生が急増しているのか。
現在、日本に滞在している中国人留学生は、主に中国の中間層である「小康家庭」以上の出身者たちで、彼らの半数以上はアルバイトをしておらず、母国からの年間500万円程度の仕送りで留学生活を送っている。もはや彼らに「苦学生」のイメージはない。地方出身の日本人大学生の2〜3倍の収入を得て、ゆとりのある学業生活を送っているのが現状だ。
高田馬場にある日本語学校に通う中国人留学生の男性は、「年間の日本語学校の授業料は80万円、大学や大学院への進学予備校費用が90万円、生活費は月20万円くらいだけど、たまに20万円じゃ足りない時がある。そんなときはバイトをするか、追加の仕送りを親に頼むかのどちらかです」と語る。
このような中国人留学生は少数派ではない。高田馬場で出会った他の中国人留学生たちの多くも似たようなことを語っていた。データも裏付けている。国立社会保障・人口問題研究所の調査(2019年)において、18年の時点で中国人留学生のアルバイト率は2割強であるのに対し、母国からの仕送りのみで生活をしている中国人留学生は約7割に上る。
なぜ中国人留学生は欧米ではなく、日本に留学して大学院などの高学歴を目指すのか。
事情に詳しい中国人によれば、➀中国の大学院進学よりも日本の方がはるかに入りやすいこと②費用も欧米留学の5分の1程度と負担が軽いこと③同じ漢字圏であるため文化や言語にも馴染みやすいこと④地理的に近いため心理的な負担が少ない――という4つの大きな理由があるという。
例えば、現在予備校に通いながら文系大学院への進学を目指している23歳の男性留学生は、「中国では、多くの親が子供に修士以上の学歴を求めます。実際、最低でも修士号を持っていないと就職もままならない。だからそのプレッシャーはすごいものがあるんです。しかし中国は競争が激し過ぎ、名のある大学や大学院に行くのは容易ではありません。そのため欧米に留学するのが嫌な若者が日本を目指しているのです」と語る。
また、日本を選ぶ理由については、「日本は同じアジア圏で文化的に似ている部分も多いし、漢字も通じます。また欧米に比べ物価も安く、安全で、暮らしやすい。親元を離れ、自由を謳歌しながら、勉強もして、それなりに名前の知られた大学や院に進学する。それが多くの留学生たちの目標であり、本音だと思います」と言う。
特に女性の場合は、親が心配するなどの理由から、距離的にも近く治安の心配もない日本は最良の選択肢となっているようだ。
では、中国人留学生が熱狂的な留学志向を示す理由は何だろうか。
まず、豊かな中国人留学生が生まれた背景は、中国経済の発展と一人っ子政策がある。中国は21世紀に入ってからの20年間で、1人当たりのGDPが959.37ドル から1万0408.67ドルへと約11倍増加した。そうした経済成長に伴って、子供の教育に対する投資が可能になった。
しかも子供がたくさんいた時代には難しかったが、一人っ子政策のおかげで中間層でも教育投資をしやすい環境となっている。そうした一人っ子政策のもとで生まれた1990年代~2000年代生まれの子供達が、ちょうど今、高等教育を受ける年齢に達しており、新しいタイプの「豊かな中国人留学生」が増加しているのだ。
そうした中、中国でも学歴重視の風潮が強まった。「中国において『学歴』は社会的地位の象徴です。就職に関しても修士以上の学歴がなければ、ホワイトカラーの仕事にすらエントリーできませんよ。学歴はその人が成功できるかどうかを図る1つの基準となっています」と前述の留学生は明かす。
さらに言えば就職だけではなく、その後の人生にまで影響が及ぶ。
中国の戸籍制度は独特で、「農村戸籍」と「都市戸籍」に分けられ、生まれた時の戸籍(一般的には父側と同じ戸籍の身分となる)によって、受けられる行政サービスが違う。例えば農村戸籍の人が都市に移住するような場合、その都市の戸籍を有していないため、住人たちと同等の医療や社会保障サービスなどを受けることができないのだ。
しかし学歴があれば、農村戸籍であっても都市戸籍に入籍することが可能で、様々なサービスを受けられるだけでなく、補助金や特別なサービスなども受けることができる。要は高学歴を手にすれば、1ランクも2ランクも“上”の人間に生まれ変わることができるため、みんな必死になるというわけだ。
現在、中国では就職難が厳しさを増していることもあり、こうした学歴をめぐる競争が激化している。そのため少しでもそうした競争から逃れられればと、他国への留学や移住に対するニーズが高まっている。
一方で日本は、労働力不足や国際的なプレゼンス向上のため海外の人材を求めており、プッシュとプールのニーズが合致している。このように考えると、しばらくの間は中国人の日本への留学ブームは続いていくだろう。