商品力の磨き上げと粗利率向上カギ 三陽商会 大江社長インタビュー
三陽商会が2年間の再生プランを経て2022年度(23年2月期)から推進している中期経営計画が24年度に最終年度を迎える。設立80周年に当たる23年度は上期の好業績を受けて、通期計画を上方修正した。構造改革と共に、アッパーミドル市場で確固たるプレゼンスを構築し、トップランナーを目指していくための4つの成長戦略(ブランド戦略、チャネル戦略、EC戦略、マーケティング戦略)が業績に結び付いてきた。構造改革が進み、成長軌道に乗せていくための基盤が整備されつつあり、24年度の優先的な施策と成長シナリオを大江伸治社長に聞いた。
プロパー販売比率、7割の水準へ
――中期計画の2年目であり、設立80周年に当たる23年度(24年2月期)は第2四半期(3~8月)業績が期初計画を上回り、通期業績見通しを上方修正されました。第3四半期以降の下期の商況はいかがでしょうか。
大江 上方修正した後も下期計画に対して多少の上振れも期待していたのですが、第3クオーターはおおむね計画通りで推移しました。9月(前年比96%)と10月(同95%)の売上高がマイナスを強いられましたが、11月(同108%)で挽回してきました。9月と10月は猛暑の影響と、前年がリベンジ消費と気温低下でコートが売れていた反動減が大きかった。特に9月は記録的な猛暑に対して、機動的な(品揃え)対応が不十分でした。
中期計画の2年目は、最終年度への最も重要なステップの年と位置づけて臨んでいますが、ほぼ計画通りの進捗ですので、通期の数値目標に向けては手応えを得ています。
第3四半期時点の粗利率が62.8%程度になり、通期目標(62.6%)に達していますし、プロパーの売上高比率は上期に68%まで上がり、第3四半期も順調で、通期で70%を狙えるペースです。さらに在庫削減も進み、11月時点で79億円、23年度末に60億円以下に抑えられる様相です。
「春・夏・盛夏・秋・冬」MDサイクルに
――9月、10月と天候要因に左右され、ジャストシーズンへの対応が問われています。加えてプロパーの販売比率の高まりに伴い夏や冬のクリアランスセールの商売の仕方も変わってきています。
大江 消費者の実需・当用買いの傾向がますます強まってきています。さらに気候の変化に伴い、シーズンのMDサイクルを変化させざるを得なくなってきています。今夏は特にそうでしたが、記録的な猛暑で夏が長期化し、秋の期間が極端に少なくなりました。これまでの春・夏・秋・冬の4シーズンから、「春・夏・盛夏・秋・冬」のように、盛夏を1つの独立したシーズンと捉えて、MD計画も短サイクル化して組んでいかなければ、実需に対応できなくなっています。
要は12カ月間、全てプロパー対応をしていく品揃えの発想が必要で、そうしないと実需をキャッチアップできません。夏や冬のセール期間も短期集中型になってきていますので、極端な言い方をすると3日間勝負になっています。4日目以降になると、まるで潮が引くようにセールの売上げが伸びなくなってくる。特に、百貨店に対する消費者の期待が変化しており、お値打ち品よりも絶えず新しい商材、フレッシュな商材がより強く求められるようになってきているように思います。
――今冬のクリアランスセールの体制も変わってきますか。
大江 以前のように2月までセールを引っ張っていく安易な商売は通用しなくなっています。すでに初売りからのセール期間でさえ、プロパー販売のフェイスを確保していく売り方に変えています。消費者は購買オプションが広がり、百貨店の役割も変わっています。セール品は百貨店でなくても、平常月でもアウトレットやEC、通販などで購入できます。
――8月の夏のクリアランスセール、9月の秋物展開など、短サイクルに対応されたのでしょうか。
大江 夏、盛夏への対応は不十分でした。商戦の短サイクル化に対応するため、秋物を早期展開しましたが、記録的な猛暑だったため、裏目に出てしまいました。9月に盛夏商材を一部投入しましたが、現場の声に対応できる機動力が不足していました。今後、軽衣料に関しては、ある程度生地を確保しておいて、期中の追加生産で対応できるようなQR体制を整備しておく必要があります。
顧客に支持される商品価値と売価の向上
――24年度(25年2月期)は中期計画の最終年度です。どのような舵取りをされますか。
大江 最終年度の(主な数値)計画は、売上高625億円、粗利率63%、営業利益率7%、ROE8.5%ですが、これは2年前に立てた計画です。今期(23年度)計画が売上高615億円、粗利率62.6%、営業利益率5.0%、ROE8.2%で、このうち粗利率が先ほど申しましたように63%程度が射程に入ってきましたので、計画通りならば前倒しで達成できます。トップラインもリアリスティックな数値です。ただ販管費が23年度の修正計画で354億円ですので、24年度計画(350億円)よりも増えてしまいます。ECサイトのリニューアル投資、従業員の給与や賞与のアップに加え、市場正常化に伴いコロナ禍で抑えてきたプロモーション費用も増やしていますので、想定していた販管費増ですが、24年度も同水準を維持し、トップラインが計画通りならば、営業利益率の目標に対してはおのずと粗利率を上げなければならなくなってきます。これが最大の課題です。
粗利率向上のためには、原価率を抑えるか、売価を上げていくか。円安などで原価コストが上がっていますので、原価率は維持が妥当な選択になります。そうなると売価を上げるしかなくなってきます。23年度上期で約12%売価が上がりましたが、販売数量は前年実績を維持できましたので、売上高が2桁伸長したわけです。要は原価上昇を売価に転換してもお客様に受け入れていただけるか。そのためには商品力をさらに磨き上げていくしかありません。商品の価値と価格のバランスポイントをいかに上げることができるか。原価率を維持するためには商品価値を上げて売価を上げていくしかないのです。
もちろんプロパー販売比率を上げていく取り組みも必要になってきます。ただ今期で70%の水準まで高まってくるとなると、あとは0.5や1ポイントアップをこじ開けていく作業になってきます。
――ただ百貨店の店頭ではセール体制が短期化、小規模化していますので、プロパー販売比率はまだ伸びる余地が残っています。
大江 そう思います。一方でセール、値引き率の改善も粗利益率向上につながってきます。在庫削減が進んでいますので、3割の値引き率でほとんど消化できれば、5割引きなどで販売する必要がなくなります。
それと(粗利率向上に)意外と大きいのがアウトレットです。プロパー消化率が上がり、在庫削減が進むと、アウトレット商材が不足してきます。実際、そうなってきていますし、(アウトレット)専用商材の比率が半数程度まで上がってきています。これがさらに上がってくると粗利率の改善につながってきます。
生みの「苦しみと楽しさ」を共有
――商品力を磨き上げていくためには、何が課題になってきますか。
大江 (再生プランから現中期計画の)構造改革を経て商品力は上がってきていると自負していますが、まだまだ弱い。(商品開発委員会を通じて手掛ける)開発商材の比率も低いですし、市場にサプライズを与えるような画期的な商材開発力がまだ不十分です。
商品開発委員会(関係部門が結集して開発を進めていく全社横断プロジェクト)では、商品開発や素材などの情報を共有していますので、素材ソーシングの選択肢が広がったり、ブランド間で刺激を受けて競争意識も醸成されるなど、様々な効果が生まれています。「パーテックス シールドエア」や「光電子」素材など先進的な機能素材を用いたコートやアウターアイテムがヒットしていますが、そうした商材もさらに商品価値を高めていかなければなりません。
前年踏襲型の商品を否定するわけではありませんが、さらにクリエイション力を磨き、商品開発を先鋭化していく必要があります。商品開発には生みの苦しみが伴いますが、ただヒットするとそれ以上の楽しさを味わうことができます。生みの苦しみと楽しさは表裏一体ですし、これを全員で共有していきたいわけです。
――コート専業ブランド「サンヨーコート」から、御社だからできる究極のダウンコート「青森ダウン」を12月15日に発売され、「100年コート」では発売から10年のアニバーサリーコートなど、高品質な商品も展開されています。
大江 究極のダウンだけでなく、究極のカシミヤセーターなど、究極シリーズはさらに増やしていきたいと考えています。例えば、チャレンジ領域に位置づけている三陽商会のセレクトショップ「エス エッセンシャルズ」は、NBの日本版ラグジュアリー商材が揃ったセレクトショップに進化させていければ良いと思っています。
――24年度は前期で全て黒字化した7つの基幹ブランド(「ブルーレーベル・クレストブリッジ」「ブラックレーベル・クレストブリッジ」「マッキントッシュ ロンドン」「マッキントッシュ フィロソフィー」「エポカ/エポカウォモ」「ポール・スチュアート」「ザ・スコッチハウス」、婦人服4ブランド)の売上高100億円構想はさらに進みそうですか。また、チャレンジ領域ブランドの育成戦略についてはいかがですか。
大江 基幹ブランドに関しては、いくつか100億円ブランドが視野に入ってくると思いますし、そうなると将来的に基幹ブランド700億円のベースも見えてきます。
チャレンジ領域では「キャストコロン」が非常に良くなってきています。店舗集約化を強いられましたが、既存店の坪効率が上がってきていますので、今後の成長が期待できます。
それとセレクトショップ「ラブレス」(直営3店舗)も品揃えの改善が進み、ようやく採算が取れるようになってきました。自主MDの構成比を半数程度に抑え、社内ブランドと仕入れによるブランドを増やしていくことで、売上げも上がってきました。売場を3分の1程度の約65坪まで縮小した店舗では損益分岐点が下がりビジネスモデルが固まってきましたので、出店が検討できるようになってきました。
顧客一人一人に刺さるアプローチに
――24年の目標数値に向けて消費環境の見通しはいかがでしょうか。
大江 富裕層の人口や個人資産が増えるなど、潜在的なマーケットは拡大していますので、決して悲観的になる必要はないと思っています。価値と価格のバランスが良い商品は売価が上がってもプロパーで売ることができます。
目標計画を達成していくためには、先程申し上げました商品力と共に、販売力の強化も欠かせません。お客様一人一人に刺さり込んでいく必要があります。百貨店では進んでいますが、私共もお客様を抽象的に捉えるのではなく、上位顧客を中心に一人一人にきめ細かくアプローチして、つながりを深めていかなければなりません。ワン・トゥ・ワンマーケティングに基づく販売力はまだまだ弱く、伸び代があると思っています。
――百貨店もそうですが、人材の確保や育成、働きやすい環境づくりなど人的資本への投資も経営課題に挙がっています。
大江 すでに人材戦略プロジェクトを立ち上げて、「人材価値の最大化」をテーマに、人材育成と能力啓発、人事インフラの充実に取り組んでいます。
人事制度のキャリアアップメニューの中に、優秀でパッションのある販売員は本社で活躍できる制度を整備しています。本社でもショップオペレーションや商品コントローラーなど現場の経験を生かせる業務があります。販売員は店長を目指すだけでなく、他にキャリアアップの道があればモチベーションも上がってくるでしょうし、販売力強化にもつながってきます。
――「守勢」から「攻勢」に転じていくための中期計画で進めてこられた重点施策は、計画通りもしくは計画以上に進展してきました。ポスト80周年は成長戦略に軸足を移していくフェーズになりそうですか。
大江 利益を確保できる構造が整備されつつありますが、構造改革は手段であって目的ではありません。やはりトップラインのアップサイクルをつくり、成長戦略を描いていかなければなりません。まだ成長へのレールを敷いただけで、そこを走らせるような形になっていないと思います。
レールを走らせていけるように、まず中期計画でビジョンに掲げている「高い価値創造力と強靭な収益力を併せ持ったエクセレントカンパニー」の実現に向け、計画完遂に取り組んでいきます。
(聞き手:羽根浩之)