商業施設などで「お仕事体験」が大人気、その理由とは
多くの商業施設や鉄道会社などで子供向けのイベントが開催されているが、やはり1番人気は小学生を対象に夏休みに開かれる「お仕事体験」だ。子供達がショップに立って接客・販売に携わる、パン屋さんでのパンづくり、制服・制帽を着用して駅員になりきっての車内アナウンス、あるいは警備員となっての設備点検や施設巡回と、様々な職業を体験する。参加した子供達は仕事に夢中になり、保護者は我が子の真剣な姿に満足する。今や応募が多過ぎて、抽選でふるい落とさなければならないほどだ。お仕事体験が、なぜこんなにも人気があるのか。探ってみた。
今夏のお仕事体験で目立ったのが、東急モールズデベロップメントと小田急SCディベロップメントが運営するSC。両社ともイベントを展開するSCの数を増やし、グループ会社や公共施設、サポーター企業などと連携して多彩な体験の場を提供し、上々の成果を手にした。
東急モールズデベロップメントの「キッズスタッフイベント」は、「武蔵小杉東急スクエア」で2015年に初開催。19年には3施設での開催となり、4年ぶりとなる今回は10施設に広げるとともに、東急電鉄の駅や公共施設とも連携し「初めて施設を横断した形で東急グループならではの体験イベントを具現化した」(東急モールズデベロップメント営業本部営業推進グループリーシング開発部の篠田いずみ氏)
小田急SCディベロップメントの「おしごと体験イベント」は、2019年に本厚木ミロードで初開催。22年には6SCと対象駅との合同企画になり、そして今夏は7SCでの開催となって協賛やコラボでサポーターが加わり、「過去最大規模を実現した」(小田急SCディベロップメントマーケティング推進部課長の吉澤歩美氏)
東急モールズデベロップメントのキッズスタッフイベントには、同社が運営する10SC(みなとみらい東急スクエア、南町田グランベリーパーク、青葉台東急スクエア、武蔵小杉東急スクエア、エトモ中央林間、中央林間東急スクエア、たまプラーザテラス、あざみ野ガーデンズ、港北 TOKYU S.C.、二子玉川ライズ S.C)と、SCのある東急電鉄の駅、東急セキュリティ、東急プロパティマネジメント、東急住まいと暮らしのコンシェルジュら東急グループのほか、SC内などにある公共施設も加わる。武蔵小杉東急スクエア内にある川崎市立中原図書館、中央林間東急スクエア内にある大和市立中央林間図書館、青葉台東急スクエア内にある横浜市青葉区民文化センター フィリアホール、みなとみらい東急スクエアは、至近にある横浜みなとみらいホールなどが参画した。
これにより、子供達にとって未知の領域や憧れの施設、初体験のプログラムが数多く登場した。イベントの一例を挙げると、みなとみらい東急スクエアでは接客や切手はがきの販売などからなる「郵便局窓口体験」、タロットカード占いのやり方から実践までの「占い体験(ルルドの部屋)」。グランベリーパークでは、東急電鉄南町田グランベリーパーク駅での駅長認定試験・駅プラットホームで放送・駅内施設見学をする「子ども駅員さん体験」、接客や食材視察、盛り付けなどをする「ラーメン屋さん体験(AFURI)」などが実施された。
青葉台東急スクエアでは東急ビジネスサポートでの案内・館内アナウンスをする「インフォメーション体験」、ホール内の見学や受付を行うフィリアホールでの「音楽ホールスタッフ体験」など、中央林間東急スクエアでは東急プロパティマネジメントで設備を巡回点検する「ビルメンテナンススタッフ体験」、中央林間図書館での館内見学や本の整理からなる「図書館員体験」など、武蔵小杉東急スクエアでは館内物流で制服を着て荷物を運ぶ「こども配送クルー体験」、かわさきFMで館内放送・時報収録体験を行う「アナウンサー体験」などが行われた。
小田急SCディベロップメントのおしごと体験イベントは、7SC(経堂コルティ、成城コルティ、新百合ヶ丘エルミロード、相模大野ステーションスクエア、ビナウォーク、本厚木ミロード、ODAKYU 湘南 GATE)と小田急電鉄の対象駅で合同開催。小田急ビルサービス、小田急百貨店、小田急商事、小田急レストランシステムなどの小田急グループ会社のほか、応援サポーターでアイデム、一般社団法人夢らくざプロジェクト、PR TIMESが加わった。
これによって小田急SCディベロップメントが運営するSCには、多彩な体験が仕込まれた。人気カフェではラテアートなどのアレンジドリンクの作製や商品陳列、パン屋ではお勧めのパンのPOPの作成や試食品の提供、花屋ではブーケの作製、花のリボンがけ、書店では本のセレクト体験や雑誌の付録組みなどを用意した。
さらに、制服・制帽姿に着替え、模擬点呼や列車の出発指示合図、窓口業務などができる小田急電鉄の駅員体験を実施。PR TIMESとコラボしたSCのPRスタッフ体験では、SCの魅力を見付け出してポスターやSNSなどで発信するPRの体験が行われた。その他、客の案内や館内アナウンスをするインフォメーションスタッフ体験、カット・ヘアアレンジができる美容師体験、市民図書館のフロア案内・本の整理を担当する図書館スタッフ体験など、7SCから全109メニューが登場した。
7SCによる109のメニューでは、255人の枠に対して約3300人の応募があった。中でも人気だったのは、小田急ならではの駅員体験や、カフェやパン屋さんなどの体験で、当選倍率は全体で12倍超、最大で91倍にもなった。保護者を対象とするアンケートの結果によると、体験イベントに対する満足度は「とても満足」が1位で90.8%、「満足」が2位で9.2%。合わせて満足度100%の評価だった。参加の理由、きっかけについては、1位が「内容が面白そう」で81.1%、2位が「子供の成長に有意義」で77.7%、3位が「子供が行きたかったから」で65.2%。約50%の人が「開催場所が近い」「開催場所がショッピングセンターだから」を挙げた。
「駅員さん(江ノ電 江ノ電駅)体験」として、制服・制帽を身に着け、電車の出発合図や駅の裏側見学をした子供の保護者は「大好きな江ノ電の知らなかったことが知られて、とても素敵なイベントだと思う。子供はもちろん、大人も楽しめるなんて素晴らしい」と絶賛。新百合ヶ丘エルミロードで「美容師さん(ヘアーサロンソシエ)体験」をした子供の保護者は「美容師さん達がとても感じ良く、『上手ね』とたくさん褒めていただいたことで、娘がとてもやる気を出した感じがした」と満足げな表情だ。「小さい頃から働くということはどういうことかを体験させていただけたので、親としてもうれしかった」とは、本厚木ミロードで「八百屋さん(トロッコ808)体験」をした子供の保護者の感想だ。
相模大野ステーションで「お花屋さん(ヒビヤカダンスタイル)体験」をした子供の保護者は、「夏休み前からおしごと体験を楽しみにして待ち望んでいました。お給料をもらえる点も良い。体験を通して子供の成長を実感できる良いイベントでした」と喜びの言葉。体験した子供が給料をもらえるのは、おしごと体験イベントに参加できる条件にSC内店舗で2500円以上(税込・合算可)のレシートが必要となる。「その代わり体験後にお給料として各SCで使える商品券などを提供し、就労やお金の価値といった学びの機会を提供している」(吉澤課長)。これに対し東急モールズデベロップメントは参加費無料なので給料は出ないが、一生懸命体験している様子の写真をプレゼントしている。
こうして臨んだ両社のお仕事体験イベントは大当たり。東急モールズデベロップメントの場合は10SC合わせた197の体験メニューで、588人の募集に対して1万3969件もの応募があり、当選倍率25倍。最も応募者数が多かった体験には、応募が殺到して248倍の倍率となり、需要の多さを実感した。
東急モールズデベロップメントにも、子供達や保護者から体験した感想が寄せられている。グランベリーパークで「ラーメン屋さん体験」をした小学生は「ラーメンにお手本通り色々な具材を盛り付けるのは大変だったけど楽しかった。また食べに来ます」とご機嫌だ。青葉台東急スクエアの東急セキュリティの「設備・警備スタッフ体験」に参加した子供の保護者は「普段は入れない場所にも入り、全く知らなかったことを知ることができ、消火栓や放水、監視カメラや無線機なども貴重な体験となり、とても良かった」と述べている。「将来の夢がパン屋さんになることなので、今日の経験を生かして夢に向かって頑張ります」とは、武蔵小杉東急スクエアでアンデルセンの「パン屋さん体験」をした小学生の声だ。
なぜ、おしごと体験がこれほど人気なのか。東急モールズデベロップメントは「子供はおしごと体験を通して働くことの楽しさ、大変さを知り、保護者は真剣に取り組む我が子の姿を見て満足するなど、このイベントが体感の場となり、お子さんの将来の夢を考えるきっかけとなっている」(篠田氏)という。小田急SCディベロップメントは「近隣にお住まいのお子様に、チャレンジする大切さや就業に関する学び、さらには未来の夢を応援する機会を店舗のスタッフをはじめとする多くの関係者とともに提供できている」(吉澤課長)と語る。
両社は、これからさらにお仕事体験に注力していく。東急モールズデベロップメントは“Tokyu Malls Development Sustainabillity Action”を始動。商業施設運営を通じてサステナブルなまちづくりを進めていく上で、23年度は「子どもの笑顔をつくる」「循環型社会の実現」「脱炭素社会の推進」を重点テーマに掲げている。キッズスタッフイベントは、子供の笑顔をつくるを柱として位置付ける。小田急SCディベロップメントは、地域共生ステートメント「エキチカは、マチチカ、ヒトチカへ」を制定し、各SCが顧客と地域の接点となる活動を開始。お仕事体験はその一環となる事業として取り組む。
お仕事体験が大盛況とはいえ、手放しで喜べない事情もある。メニューの枠が足りず、抽選に外れて体験できない子供達がいるからだ。キャパシティを広げられるかがカギとなるが、一筋縄ではいかないようだ。
お仕事体験が行われているのは、東急モールズデベロップメントや小田急SCディベロップメントだけではなく、時期も夏休みに限らない。横浜市営地下鉄センター北駅前にある東急不動産SCマネジメントの「ノースポート・モール」は、22年1月6日にお仕事体験イベント「はじめてのおしごと」を開催。第2回を今夏(8月8~9日)に開いた。5~10歳を対象とし参加無料。1回目は55人、2回目は2日間で150人以上の子供達が参加した。
「南砂町ショッピングセンターSUNAMO」も今夏(8月13日)、“スナモをささえるおしごとって何かな?”をテーマに「おしごと体験ばんびいの」を開き、品出しや館内放送、館内警備などを実施。対象は5~10歳で、参加無料だった。「横浜トレッサ」が小学生を対象に今夏(8月25~27日)開いたのが、「集まれ!キッズエンジニア」。トヨタとダイハツのエンジニアが子供達に車の点検、したまわり点検、タイヤ交換などの作業を指導した。参加した小学生には「こども免許証」がプレゼントされた。
今秋の開催は横浜駅西口エリア、「コクーンシティ」「六本木ヒルズ」などにみられる。さいたま新都心駅前にあるコクーンシティで開かれたのが「こども夢の商店街」(主催:こども夢の商店街実行委員会)。3連休となった10月7~9日のコクーンシティには、子供連れのファミリーの姿が目立った。コクーン2を会場にして、こども夢の商店街が開かれたからだ。終日雨が降っていた9日も、朝10時の開店早々からイベントに参加する子供達が詰め掛けた。
イベントが始まると、参加した小学生達はアナウンサーや警察官、銀行員などに扮して業務を遂行。テナントの店頭で客を呼び込む役割も担った。アクセサリー屋、ゲーム屋、おもちゃ屋の店主になって、「おむすび通貨」と交換に、メガホンで客を店に呼び込む。キッズモデルによるファッションショーも行われた。コクーンシティは「雨などの天候に左右されない秋の集客イベントとして今回、こども夢の商店街を初めて実施した」という。参加者、保護者、ボランティアスタッフを含めた集客は想定通りで、館内は賑わい、買物や飲食への波及効果もあったようだ。
横浜駅西口エリアで開かれる職業体験「こどもゆめの商店街」は、西口エリアに店舗やホテル、銀行などを構える商業者、地権者、居住者などが協働して西口エリア活性化に取り組む一般社団法人横浜西口エリアマネジメントと、こども夢の商店街実行委員会が主催。今年2月4~5日、幸川橋(横浜ビブレ正面入口)とNiigoひろば(ドン・キホーテ横浜西口店前)を会場にして開かれた。今年11月11~12日にも同イベントの開催が決まった。
コクーンシティ、横浜駅西口エリアでのこども夢の商店街の仕組みは、子供達が「お店屋さん」(小学生以上の未成年対象)と「オシゴト」(小学生が参加対象)に参加して、おむすび通貨を手に入れながら、起業や就職を体験する。会場には個性あるお店屋さんが並び、ハローワークでは警察官、アナウンサーなど様々なオシゴトを選べる。働いて受け取ったおむすび通貨は、県内の米農家でつくられた米と交換できるほか、提携店で金券として使用できる(コクーンシティの場合は別途、イベント参加者にコクーンシティで使える買物券をプレゼント)。
六本木ヒルズが地上45mのけやき坂コンプレックス屋上(通常非公開)で、03年の開業以来続けているのが田植えと稲刈りをする伝統的な「稲作体験イベント」。今年で21回目となり、累計参加者数もそれぞれ約1900人に上っている。参加者は居住者、施設スタッフ、ワーカーなどで、子供の参加も少なくない。田植え、稲作ともそれぞれ170人程度の参加があるうち子供が70人程度で、「毎年親子での参加を楽しみにしている」という声が寄せられている。
今年5月の田植えイベントでは、屋上につくられたぬかるんだ田んぼに素足で入り、素手で苗を植え付ける伝統的な稲作を体験。9月23日の稲刈りイベントでは、鎌を使った稲刈りや天日干しするためのはざ掛け、事前に収穫した稲の脱穀など昔ながらの手法で稲作を体験した。刈り取ったのは5月に屋上に田植えして育った富山生まれの米「富富富(ふふふ)」。富山県五箇山地方に伝わる民謡「こきりこ」から、豊穣を祈り祝う「ささら踊り」の舞の披露もあった。
お仕事体験ではないが、東神開発は地域の子供達と協力して「株式会社こども会議(仮称)」に取り組んでいる。街や地域といった唯一無二の「場所」が持つ素晴らしさを生かした、社会の幸福度を高める「スマートコミュニティ」の創造を目指して、従業員向けのレスキューデリ(食品再販売)、地域の子供食堂、フードバンク団体の支援・啓蒙活動、厨房水の再利用など、様々な取り組みを実施してきた。
今回、こども会議で目指すテーマに「ロス低減によるサスティナビリティ獲得」を掲げ、子供達の手でアップサイクルの楽器づくり、音楽会でのタイトルやプログラムを全てゼロから考えて完成させた「未来のためのニコニコ音楽会」開催(10月15日、玉川髙島屋S・Cフォレストガーデン)を実現させた。子ども会議は、東神開発の事務所(会議室)に約20人の子供達が集い、活発な議論を繰り広げている。22年にはこども会議の地域事業所第2号として、世田谷区二子玉川に「二子玉川事業所」が設立され、「みんなでニコタマのみらいをつくる」をミッションに活動している。
(塚井明彦)