≪首都圏郊外主要百貨店店長パネルディスカッション≫「選ばれる百貨店」への価値創造
ストアーズ社主催の「首都圏郊外主要百貨店店長パネルディスカッション」を9月21日(木)に開催した(リーガロイヤルホテル東京にて)。今回は、小田急百貨店町田店、高島屋柏店、丸広百貨店川越本店、伊勢丹立川店(発言順)の店長を招いて、「『選ばれる百貨店』への価値創造」をテーマに、各店各様の将来の「あるべき姿」の実現に向けて、短期・中長期視点で戦略・戦術を語って頂いた。
それぞれ前半と後半に分けて発言して頂き、前半では23年度の位置付け、重点戦略、上期に優先的に取り組んできた具体的な施策と成果などについて、独自の視点で語って頂いた。(司会:ストアーズ社編集部 羽根浩之)
環境変化への対応と基本回帰に注力
◆小田急百貨店
町田店 店長 槇 健治 氏
小田急百貨店町田店の槇健治店長は、まず23年度を「コロナ禍の消費への価値観や生活様式の変化を認識、検証して、アフターコロナ下で戻ってくる需要を確実に取り込んでいく年度」と位置付け、「変化対応」と「新宿店の顧客の取り込み」を課題に今期商戦に臨んでいると述べた。変化対応とは、「誰に、何を、どのように提案していくか、といった適時適品の基本をバランス良く実践していくこと」である。
同店はコロナ禍前の2019年春に全館改装を完成させた。この効果を享受するはずの20年にコロナ禍に見舞われた格好だけに、コロナ禍が落ち着いた23年度が「再スタート」の年。しかも昨年10月に旗艦店の新宿店が再開発に伴う移転・縮小による営業を強いられているだけに、町田店の重責は一段と増している。
全館改装では、強みだった食品フロアの全面刷新、化粧品売場の拡大、若年層向けファッションの充実に取り組み、この結果、改装前の課題だった顧客の若返りが進み、一定の成果を享受している。
とはいえ、槇店長は「ポテンシャルの高い街であり、まだまだ数字を伸ばせるマーケット」と強調し、23年度の上期は「改めて地域密着の実践」と「基本に立ち返った店舗の訴求」に留意してきた。地域密着の実践では、夏休みに子育てファミリーを対象にした参加型イベントを実施してきた事例を紹介した。
参加型イベントは「店を知って頂く」施策にもつながった。もう1つの「店舗の訴求」とは、「自分たちが思っている以上にお客様は町田店のこと、館内を知らない」という、いわば顧客の声や買い物動向から見えてきた課題解決に向けて、「店を紹介していく活動」だ。
こうした取り組みの結果、同店の上期(3~8月)売上高は、「コロナ禍前を上回る商売ができた」と、順調な回復を遂げながら、町田店の役割を果たしている。
百貨店の強み・魅力を取り戻す時
◆高島屋
柏店 店長 浅野 秀樹 氏
高島屋柏店の浅野店長は、柏商圏の現状と地域特性、並びに百貨店と専門店が融合した柏高島屋ステーションモールの特徴を紹介したのち、23年度は「百貨店として強みや魅力を取り戻していくリ・スタートの年」と位置付け、4つの重点施策について説明した。「改装を中心にしたモノ・コト提案の強化」「外商顧客(富裕層)への対応強化」「店舗の認知度向上のための発信・訴求の徹底強化」「地域との協業」という重点施策である。
同店の商圏人口は約150万人で、足元商圏の柏市は人口増加エリア。30~50代の人口流入が多く、しかも比較的世帯年収が高い子育て世代が多いという。シビックプライド(地元への誇りと愛着)が高いエリアでもある。言うまでもなく、小売業にとっては恵まれた商圏だけに、競合も激しい。富裕層や次世代顧客の都心の百貨店や路面店などへの消費流出、並びに近隣の大型SCなどとの子育てファミリー顧客の争奪戦も熾烈化の一途だ。
柏高島屋ステーションモールとしては、ポテンシャルの高い商圏で存在価値をさらに高めていくための営業施策が問われており、核店舗である高島屋柏店は23年度を百貨店としての強み・魅力を取り戻すリ・スタートの年と位置付けた。
浅野店長は強み・魅力を取り戻すための4つの重点施策を挙げ、前半の発言ではこのうち改装に絞って詳細に説明した。柏高島屋ステーションモールは今秋から2~3年かけて大規模改装を進めていく計画で、百貨店区画の売場面積は約2割縮小されるものの、強みのカテゴリーを磨き上げていく考え。
秋は、ベビー・子供ゾーンの拡充、ゴルフ売場の強化、雑貨を中心にした自主編集売場の新設(本館3階、約150㎡)を行った。来期以降は、強みである食品と化粧品の改装に取り組んでいく計画だ。
24年の創業75周年に向け段階的改装
◆丸広百貨店
取締役川越本店長 関口 実 氏
丸広百貨店川越本店の関口実店長は、同社の業績、同店の商圏特性、地域や商店街の環境変化、そして耐震工事に伴い着手している段階的リモデルについて言及した。
丸広百貨店はコロナ禍が直撃した20年度は営業損失を強いられたものの、翌21年度に黒字転換。郊外・地方都市百貨店の中では黒字化の先行組だ。
商圏特性に関しては、川越市の人口は約35万人で、65歳以上の高齢者比率は約27%。全国平均(29%超)よりも若い。川越は観光客が多い街であり、コロナ禍前(19年)には約775万人が訪れていた。このうち訪日外国人観光客は約10万人で、19年度の丸広百貨店のインバウンド売上げ比率は0.1%程度だったという。また、東武東上線川越駅から同店へと続く商店街「クレアモール」の現状についてはチェーン店が軒を連ねるようになり、地元の特徴が薄まっている環境変化にも言及した。
こうした環境下の23年度は、24年度に丸広百貨店創業75周年を迎えることから、旗艦店である川越本店は耐震工事に伴う段階的改装に着手している。今年3月には本館に隣接する別館の2、3階の低層階に、敢えてレストラン街を新設した。友の会など組織顧客へのアンケート調査の「ハレの日の食事の場が少ない」という多くの声に対応した改装だ。本館のレストラン街から移設した店舗、新規導入した店舗で構成し、全店舗に個室を設け、個室予約は丸広百貨店が管理するようにした。このほかテーブルの間隔など落ち着いて食事ができる環境にもこだわった結果、子育て世代の利用も増え、計画比2桁増で推移しているという。この秋も食品や婦人服、スポーツ・ゴルフなどを対象に改装している。
重要度増す「個客とのつながり」と「熱量」
◆三越伊勢丹
伊勢丹 立川店 店長 北川 竜也 氏
伊勢丹立川店の北川竜也店長は、百貨店にとって重要な社会的使命を述べたのち、「次の時代へのバージョンアップをしていく」ために2つの観点で改革を進めていることについて言及した。
北川店長が考える百貨店の社会的使命は、「ハイクオリティーの商品を適正価格で販売することが、日本のクリエイティビティを守ることにつながる」という視点だ。ただし「今のまま百貨店運営を続けていくと、未来がない」とも。「次の時代へのバージョンアップをして、百貨店の価値創造、キュレーション機能を強化していく必要がある」と強調した。
そのために2つの観点でバージョンアップに取り組んでいる。1つ目に挙げたのが「個客とのつながりとお客様の熱量の重要性」である。「売上げを追うあまり、お客様とのつながりの重要なポイントを見失っていた」という自省からくる課題だ。熱量とは、バレンタインを事例に挙げ、チョコレートを10万円、20万円単位で購入するトップクラスの顧客、その関心度を指す。こうした「トップクラスのお客様の熱量をデータ化していくことが大切になる」という。
「なぜその熱量が成立しているのか、ロジックがあり、データ解析していくことで、お客様が最も期待されていることが明らかになってくる」。加えて「重要な残すべき施策と、切り捨てるべき施策も明らかになる」、そして「この熱量の塊をいくつつくっていけるかがポイント」とも述べた。
2つ目が郊外立地百貨店の役割の見直しで、「三越伊勢丹の『立川窓口』機能になる」という発想だ。同店は伊勢丹新宿本店の商圏でもあり、両店を利用するハウスカード顧客も多い。では立川店が選ばれる(利用される)理由は何か。「地政学的視点で捉えた交通網(車顧客)が重要なポイントになるのではないか」という。上位顧客には車利用による来店が多い背景もある。「店が近くにある、車が止めやすい」という選ばれる理由に着目している。
つまり「立川窓口」とは「伊勢丹新宿本店の商品がいつでもお取り寄せできる、立川店のサロンで購入できるようになることで、伊勢丹の中の1つの『立川窓口』として機能していけるようになる」という発想である。
要は「これまでの百貨店形態で培ってきたお客様とのつながりの質を変革し、そのためには熱量を追っていくことが重要なポイント」と述べた。
郊外百貨店が求められる価値創造への要諦
次いで後半の発言は、前半の現状を受けて、「選ばれる百貨店への価値創造」に向けて、24年度以降の中長期視点を踏まえ、秋以降の重点施策や課題、リアル店舗の魅力化への方向性や具体的事例を語って頂いた。
顧客戦略と地域密着の両軸で事業領域拡大
◆小田急百貨店町田店 槇店長
小田急町田店の槇店長は、持続的成長につながる顧客軸の戦略、外商の強化、百貨店の強みと地域密着を生かした事業領域の拡大について述べた。
顧客軸の戦略については、主要顧客の高齢化が郊外百貨店の課題とはいえ、「現状の主力のお客様に違いなく、そのニーズにも的確に対応しながらも適正なバランスで進めていく」考え。2019年春の全館改装オープン後にコロナ禍に見舞われたため、「ようやく今年度に入って検証ができる環境になったので、中長期的な顧客戦略にアジャストできるように、24年以降にMD修正に着手していきたい」と述べた。
外商の強化に関しては、「顧客の高齢化が課題であり、そのお客様の子供や孫世代へのアプローチ、並びに新たな富裕層の獲得に取り組まなければならないものの、現在の営業手法では通用しない。デジタルの活用を含め、身の丈に合った戦略・戦術を進めていきたい」と述べた。
事業領域の拡大については、「既存の商売だけの延長線上に未来はなく、郊外百貨店とはいえ事業領域の拡大が必須条件。本業とかけ離れ過ぎてもいけないが、強みを生かして本業以外でマネタイズできる事業に着手していきたい」考え。その際、「幸い地域からの信頼が厚く、地域密着、貢献活動にも事業領域拡大のヒントがあるかもしれない」と付け加えた。
いずれにしても顧客戦略と地域密着の両軸で変化対応への取り組みが始まっている。
開店50周年、訴求活動と地域協業を深化
◆高島屋柏店 浅野店長
高島屋柏店の浅野店長は、前半戦で発言した4つの重点施策のうち、「外商顧客(富裕層)への対応」「店舗の認知度向上」「地域協業」という3施策について言及した。
外商顧客への対応策については、都心の百貨店と同じようなラグジュアリーブランドの常設店は難しいものの、「取引先にとっては郊外百貨店とはいえ外商顧客には関心が高い」ことから、「期間限定のモノ・コト提案を強化している」。昨年から近隣のホテルで外商顧客向けの催事を開いており、開店50周年を迎えた今年も前回以上に品揃えを充実させて開催を計画している。ただ最も大事な視点は「お客様のニーズを読み取り、付加価値の高い商材を日常的に提案していける力を付けること」と強調した。その事例を紹介。このほか、メンバーズサロン機能充実、戦略エリア活動などについても言及した。
店舗の認知度向上については、開店50周年を迎えたとはいえ「まだ高島屋をご存じない方が多い」という視点に立ち、今年は開店50周年企画や改装など訴求できる話題も多いため「露出度を増やしていく」と述べた。駅周辺の広告、紙媒体やSNSなどを活用した販促を強化していく考えや事例を示した。
地域協業については、「地域内唯一の百貨店であり、高島屋に対する地元からの思い入れが年々強まっていることを感じている」ことから、「トラフィックが多い駅前立地の特性を生かして、地元の行政や学校、企業などとの協業を強め、『地元のメディア』としての機能を果たしていきたい」と強調した。開店50周年をフックに「柏の高島屋」として新たな一歩を踏み出そうとしている。
上質な時を過ごせる「百過店」を具現化へ
◆丸広川越本店 関口店長
丸広川越本店の関口店長は、耐震工事に伴う段階的改装を通じて目指している店づくり、従業員満足度向上への取り組み、地方百貨店との協業、構想している街のモール化について言及した。
創業75周年を迎える24年の秋にグランドオープンを予定している段階的改装については、「幅広い年代のお客様に自然と集まって頂けるように、『時を過ごす場』をテーマにした『百過店』づくりに取り組んでいる」と前置きした上で、「様々な過ごし方ができるように、様々な生活シーンを想定して、『百の過ごし場』を提供していきたい」と述べた。
具現化していく際に、最も留意しているのは「顧客の声」。高質なビジネススーツ需要の高まりに対応するためのブランドショップの導入、既存の家電量販店の移設・拡大改装、ニューファミリーへの対応強化を目的とした子供服売場の改装などの事例、さらに外商顧客向けのサロンの新設など暮らしの質を高めるためのインフラ整備やサービス改善などに言及し、「上質な時を提供できる『百過店』づくり」を着々と進めている。
従業員満足度向上については、今期から川越本店でも実施している年間10日の休業日の設定に伴うメリット、カスタマーハラスメントへのガイドラインの整備、ワークライフバランス充実に向けた社内制度の拡充、教育制度の整備などの事例を挙げた。
地方百貨店との協業では、昨年から藤崎と地元商材の相互販売に取り組み、今期は広島の福屋、岡山の天満屋との「ご当地フェア」が加わり、その効果、メリットについて述べた。
街のモール化については、まだ構想段階だが、「川越本店の今回の改装がプロローグとなり、クレアモールが三世代のサードプレイスとなれるような新しい過ごし場を創造していきたい」という抱負を述べた。
リソースの集中化による本来の価値提供を
◆伊勢丹立川店 北川店長
伊勢丹立川店の北川店長は、百貨店が本来果たすべき役割、提供すべき価値を「絞り込む」(リソースの集中化)戦略の重要性を切り口に、同店の今後の方向性、あるべき姿を示した。
「お客様が私どもに求める期待値の高いところにリソースを絞り込んでいくことが大切だと思う」と前置きした上で、その期待値とは「嗜好性、稀少性が高いプロダクトやサービスを提供できる、あるいはスタイリスト(販売員)やバイヤー、外商担当者に相談できる、しかも他(の大型商業施設)よりも幅広くしっかりと提案でき、スピーディーに課題解決ができる点」であり、「そこにリソースを集中投下すべき」と強調した。さらに「これまでの百貨店はお客様から求められる全てに応えようとしてきたし、その姿勢は素晴らしく、美徳だったかもしれない。だが、これを続けると本来提供すべき価値の密度が薄まってくるし、結果的に(経営は)赤字に陥る。何よりもメンバー(従業員)が疲弊してくる。これこそ百貨店が苦しんできたジレンマかもしれない」と、絞り込む意図を説明した。
期待値の高いプロダクトやサービスに絞り込む作業が不可欠だが、そこではデータ分析が重要になってくる。ただ「仮説のない、単なる(売れたものの)データ分析からは未来が見えない」とも。では何が大切か。「(お客様の)熱量のデータ分析が重要であり、その熱量は接客や会話の内容をきちんと把握できているかがポイントになる」という、「熱量のデータ化の重要性」を力説した。バレンタインでチョコレートに高額消費する熱量の高い顧客や特定の商材に絞り込んだ招待会などの事例を紹介した。
このリソースの集中化は従業員のモチベーションアップにもつながるという。「お客様の反応が従業員に誇りや喜びをもたらし、さらに価値を提供する従業員も熱量を持って、ワクワクして企画したモノ・コトはお客様にも伝わる」からであり、これが「情熱をかけられる仕事に時間を使うと、どうしても止めなければならない業務も出てくるため、リソースの集中化にもつながる」という。
取引先との熱量に基づくデータの共有化や、熱量の高い顧客の塊が商品開発や新たなビジネスの起点になることにも言及し、「百貨店が本来果たすべき役割、提供すべき価値に特化して、戦略を絞り込み、リソースを集中して、ワクワクしながら企画を立て、その魅力が高まれば高まるほど、テクノロジーが効果的に活用できる」という、新しい百貨店ビジネスのあり方を示唆して締め括った。