2024年11月22日

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J.フロントのCVC、初年度の成果と2年目のビジョンは 下垣徳尊事業責任者に聞く

JMCの事業責任者である下垣徳尊氏

J.フロント リテイリング(以下、JFR)が、イグニション・ポイントベンチャーパートナーズと共同で運営するコーポレートベンチャーキャピタル、JFR MIRAI CREATORS Fund(以下、JMC)を昨年9月に設立してから1年が経つ。運用期間は10年、運営規模は30億円で、アートのプラットフォームを手掛けるThe Chain Museumを皮切りに、これまで6社に出資してきた。“初年度”を終え、目的に掲げる「新規事業の創出」、「経営人材育成」、「発明風土の進化」の進捗、成果と課題、そして2年目以降のビジョンを、事業責任者の下垣徳尊経営戦略統括部事業ポートフォリオ変革推進部JFR MIRAI CREATORS Fund担当スタッフに尋ねた。

――そもそも、CVCを立ち上げた理由は何でしょうか。

投資事業を本業としない会社が、シナジーの強化を目的に出資するのがCVCですが、主に①新しい技術やアイデアの取得②新たなビジネスチャンスの発見③パートナーシップの構築――の3つを期待できます。端的に表すと、新しい事業の共創につながります。一般的にCVCの期間は10年間で、当社もそう発表していますが、実際は5年間で投資の期間を終え、その後は一定のリターンを目指します。

ビジョンは「未来をより良く、面白くする」、投資のテーマは「人々のライフスタイル(個の生活・働き方の質・時間の過ごし方)をアップデートするもの」、「人と人との関わり(他者との関わり・繋がり・コミュニケーション)をアップデートするもの」と掲げています。

背景には、新型コロナウイルス禍があります。コロナ禍では大丸松坂屋百貨店をはじめとするグループの企業が休業を余儀なくされ、お客様との関係は断絶し、社員も自宅待機となりました。そうした時に、面白い未来をつくるためには人と人の交わりを維持するだけでなく、コミュニケーションの活発化が大事だと結論付けました。

こうしたビジョンやテーマの下、「エンターテインメント」、「ヘルスケア」、「不動産テック」、「リテールテック」、「ディープテック」の領域に投資していきます。

――イグニション・ポイント ベンチャーパートナーズをパートナーに選んだ理由は。

最大手を含めて20社前後と面談しましたが、10年間という有期を見据えると、信用できる人でないと“結婚”できません。イグニション・ポイント ベンチャーパートナーズの担当者は凄く誠実で、10年間を一緒に過ごせると思いました。投資会社は転職が多く、担当者に急に辞められると困ります。そういったことのないように、話し合いを進めました。

当然ですが、当社の経営陣にも承認を得なければなりません。イグニション・ポイント ベンチャーパートナーズの先進性と担当者の誠実性の理解を得るため、直接面談の場を設けるなどもしました。

――具体的な業務を教えて下さい。

スタートアップを探索し、相乗効果を発揮できるシナリオを検討します。近年は多くのスタートアップがイベントなどで積極的にプレゼンテーションを行っており、候補には事欠きません。そこからシナジーのイメージが広がれば、シナリオの検討に移り、具現化できる人につなぎ、出資へ至ります。もちろん、出資後は一緒に事業を推進していきます。

――出資する企業を探す上で何を重視しますか。

1番はグループ外の“事業シーズ”を探し、グループ内のアイデアと掛け合わせ、新規事業を立ち上げる――です。2つ目は、社員の出向などを通じて(ビジネスモデルなどで)ゼロからイチを生み出せるかどうか。3つ目は、社員がライフパーパスを見出せるか、新たなチャレンジを促進できるか。(JFRとして)イノベーションが活発に起きる企業体が理想で、JMCは出資を通じてグループの社員が「これをやりたい」という“ウィル”を刺激、後押していきます。

グループの従業員の半数以上、4800人に何らかの形で関わってもらうことを目指し、チャレンジのきっかけになる取り組み、投げ掛けを続けていきます。我々はこの1年間で、これまでグループとしてリーチしてこなかった数百もの革新的な技術やビジネスモデルを持つスタートアップの方々と面談しました。そこで得られた情報をグループの社員にインプットして、発想の転換を促します。

――社員の参画や発想の転換は進んでいますか。

すでに800人が何らかの形で関与しました。JMCは社員のウィルという炎に薪をくべる役割だと言えます。約4800人に対して800人はまだ少ないですが、その他の社員からも見えてきているアイデアはあります。ただ、スピーディーに増やしていかなければなりません。800人の先行層を担ぎ上げ、アイデアを具現化し、グッドニュースとして発信を連打して、後を追いたくなるようにしていきます。

百貨店業界は巷間、斜陽産業と位置付けられていますが、そこから脱却するだけでなく、成長への機運をつくり上げたいと考えています。コロナ禍ではグループの経営が厳しく、バッドニュースが多く、社員のモチベーションも下がりがちでした。その中で、光を照らしたのがJMCだと自負しています。

これまでにThe Chain Museum、リアルメタバースプラットフォームを展開するPsychic VR Lab、国内外の人に特別な体験を提供するウェブサイトを手掛けるJapan Culture and Technology(以下、J-CAT)、電動マイクロモビリティのシェアサービスを行うLuup、SNSを開発・運用するTieUps、コレクター向けトレーディングカード専門店「magi」を手掛けるジラフの6社に出資しましたが、(投資という攻めの姿勢で)暗いムードを払拭する意図もあります。社員が見られるポータルサイトに出資した理由などを掲載して周知し、前向きなムードを醸成します。

9月8日には、名古屋パルコに「magi名古屋パルコ店」がオープンした。出資したジラフが手掛けるコレクター向けトレーディングカード専門店だ

――6社に出資してきましたが、目に見える成果は上がっていますか。

分かりやすいのは、J-CATとの協業です。松坂屋名古屋旅行センターのプランに、J-CATのコンテンツ、ミシュランガイドの二つ星を獲得した料亭で、魯山人にゆかりのある器や書の解説を聞きながら食事を楽しむという特別な体験を掛け合わせるなど、富裕層に向けた新たな体験価値を提供できるようになりました。松坂屋名古屋旅行センターの社員のウィルを受けてJ-CATに出資した経緯も含め、代表的な成功事例です。

もう1つ、Psychic VR Labとは現実世界と空想世界を融合させる技術「XR(クロスリアリティ)」を体感できるイベントをGINZA SIXで今年4月21~23日に開きました。Psychic VR Labが運営するリアルメタバースプラットフォーム「STYLY(スタイリー)」によって、人気ゲーム「Identity V 第五人格」(以下、第五人格)に登場するキャラクターが目の前にいるかのように感じられます。

Psychic VR Labとは現実世界と空想世界を融合させる技術「XR(クロスリアリティ)」を体感できるイベントを、GINZA SIXで今年4月21~23日に開いた

空間を身にまとう時代が、いずれやってきます。すでに空間に絵などを浮かび上がらせる技術はあります。これを使えば、リアル店舗ならではのエンターテインメントを提供できます。つまり、来店動機やリアル店舗の魅力化にも結び付きます。来年にはアップルがゴーグル型のデバイスを発売する予定で、この分野はそこから加速度的に広がっていくでしょう。

まだまだ事例は少ないですが、百貨店業界でいわれる「石橋を叩いて渡らない」から「石橋を叩きつつ挑戦する」マインドに変わってきている手応えはあります。

――逆に失敗談はありますか。

失敗ではないですが、果たして出資のスタートが社員のウィルだけでいいのかとは思案しています。革新は生まれづらいですよね。グループの社員の枠にとどまらない方が、思いもよらぬモノがつくれるのではないでしょうか。実際、Luupは社員発のウィルとは別で出資しました。

Luupに出資してから、大丸松坂屋百貨店の店舗の近くで大型商業施設を運営する企業の社長から「Luupの電動マイクロモビリティを使って一緒に何かできないか」とオファーが届き、ディスカッションしてきました。当社だけでエリアの集客力を高めるのは限界がありますが、連携すればそれを超えられます。Luupへの出資は、新たな可能性をもたらしました。

――JMCは2年目に突入しますが、今後のロードマップを教えて下さい。

2030年を1つの区切りとしています。目指す姿は「新規事業を絶えず創出し続ける革新的な企業集団」です。JMCとしては①グループ社員の内発的動機を刺激して、新しいチャレンジを促す②グループ社員のチャレンジを、グループ外のヒトや企業と結合し、成功確率を高める――という2つの役割を担います。

位置付けを分かりやすく表すと、R&D機能です。将来花が咲く種を探し、出資した企業にはどんどん社員を派遣していきます。9月にはJ-CATに人材育成を目的に社員が出向し、イグニション・ポイント ベンチャーパートナーズにも送り込みました。グループの社員が外に出られる機会をつくり、知見を蓄積させていきます。

――経営陣はとかく短期でのリターンを求めますが、適切なバックアップは得られていますか。

私自身、楽しんで働いており、経営陣にはクオーターごとに活動を説明し、理解してもらっています。もちろん、短期での成果も求められてはいますが(笑)。一方で、多様なグループの社員の視点を取り込んだソーシング活動と発明風土の醸成を加速させるため、9月1日付でJMCに4人が加わり、計8人体制となりました(イグニション・ポイント ベンチャーパートナーズの社員を除く)。加わったメンバーは、専任が1人、兼任が3人ですが、兼任にはパルコの社員もいます。年齢も幅広く、まさに内発的動機を刺激できたのではないでしょうか。新体制で、さらに前進していきます。

(聞き手:野間智朗)