長﨑堂、品質へのこだわりと多様な販路を武器に 荒木一博常務に聞く
コロナ禍においても「ピンチはチャンス」と捉え、次々と新たな販路を開拓したのが和洋菓子メーカーの長﨑堂だ。精力的な営業活動に取り組み、地方百貨店の催事への出店を増やして顧客接点を拡大。コーヒーチェーン、スーパー、コンビニといった市場にも進出した。百貨店の売上げが回復し、新規開拓した販路も好調なことから、業績は上向いてきた。とはいえ人手不足や物価の上昇といった荒波は続いている。常務取締役の荒木一博氏に、これまでの取り組みと今後の展望を聞いた。
地方百貨店の催事へ出店、コンビニで和菓子1位に
――最近は、百貨店のデパ地下の売上高が19年を超えるなど、業界全体が好調です。御社はいかがですか。
荒木 当社は「長﨑堂」、「黒船」、「然花抄院」の3ブランドを主力としていますが、中でも贈答需要が高く、百貨店が主販路の黒船が19年並みの数字に戻っています。新型コロナウイルス感染症が5類に移行したことなどもあり、コロナ禍中に新規開拓した取引先からの引き合いも増えました。回復軌道に乗ってきたという手応えを感じています。
当社は20年度(20年6月~21年5月)、現四代目代表取締役社長・荒木貴史が社長就任以来初の赤字となりました。百貨店、量販店、直営店、駅・空港、カタログギフト、ECサイトなど様々な販路を持っていたため、ある程度ダメージを分散できましたが、それでも影響は甚大です。このマイナス分を取り返すには新たな市場の開拓が必須と考え、ここ数年は営業活動に取り組んできました。
――どのようなマーケットを新規開拓されましたか。
荒木 主力である百貨店販路では、地方百貨店の催事への出店を積極的に行いました。加えてコーヒーチェーン、スーパー、コンビニ、製造委託(OEM)などのお取引を始めました。駅や空港、サービスエリアなどの交通土産は以前から販売していましたが、今までとは毛色の違う新商品を開発しました。
――百貨店の催事の出店を増やしたのは、どのような経緯があったのでしょうか。
荒木 黒船は近畿、関東、中部、沖縄を中心に展開しています。それ以外の地域に住む方とは、旅行や出張などがない限り、接点が少ない状況でした。コロナ禍では遠方への外出が制限された状態だったので、お客様との接点を拡大するため、北海道から鹿児島まで各地域の百貨店を回らせて頂きました。お客様からはご好評を頂き、特に今まで出店していなかったエリアの反響が大きかったです。黒船や長﨑堂というブランドの認知度を高める良い機会になりました。百貨店側も、売場の鮮度を高めるという点でメリットを感じて頂けたようで、お互いウィンウィンの関係を築けたのではないでしょうか。
――その他の新販路でのお取り組みについても教えてください。
荒木 コーヒーチェーンの「ドトール」では、21年からカステラを販売しています。「桜カステラ」、「黒糖カステラ」、「栗カステラ」などはシーズン限定で、ドトールのプレミアムライン「ダイヤモンドシリーズ」では「ふんわりカステラ」を展開しました。シーズン限定品の方は「長﨑堂×ドトール」のコラボ商品として打ち出し、ダイヤモンドシリーズは長﨑堂のブランドを出さずにOEMとして携わることができました。
食品スーパーでは、21年2月に月に「長﨑堂カステーラ」や「ヴァッフェル」の販売を始めました。スーパーは巣ごもり需要で大きく伸びた市場なので、お取引を始めさせて頂きました。最近は食品を扱うドラッグストアも増えているので、そこでも取り扱って頂いています。
コンビニ市場では今春に、ファミリーマートで黒船ブランドから「コク深い味わいの蜂蜜カステラ」を期間限定で販売しました。生産キャパシティの問題で、東日本と西日本で2回に分けて販売しましたが、東西ともに販売期間の和菓子カテゴリーで1位を獲得し、ご好評を頂きました。
――コンビニスイーツは競争が激しい中で、和菓子部門で1位とは快挙ですね。
荒木 黒船は百貨店を主な販路としてきたブランドなので、価格の部分は非常に苦労しました。当社のこだわりに沿ってつくると、ファミリーマートさんが提示する価格を大きくオーバーしてしまいますから。かといって、黒船ブランドに対するお客様の期待を裏切りたくありません。そうした中で、これまで通り素材にはこだわりながらも、ファミリーマートさんと折り合いのつく価格に調整することができました。どうしても他の大手和菓子メーカーよりも高い価格になってしまいましたが、多くのお客様に選ばれたということで、大変有難いです。
――交通土産は、どのような新商品を開発されましたか。
荒木 アフターコロナの市場は再び旅行者やインバウンドも増えると考え、新商品の開発を行いました。今までは長﨑堂と然花抄院のブランドを前に出した商品を販売していましたが、いわゆるお土産屋さんのお土産は、商品の個性を前面に出すものが主流です。ブランド商品の展開を続けるか、マーケットのニーズに合わせるか、非常に迷いました。ただ、新たな試みとして、今までと違う表現をやってみようと決めました。
そうして21年12月に、新しいお菓子のスタイルを提案するブランド「NOVOVENTO」から、「苺のきもち」、「大阪レトロカフェドーラ」を新大阪駅限定で発売しました。苺のきもちは波型の生地に国産のいちごクリーム、大阪産の蜂蜜を合わせて、フリーズドライのいちごとピスタチオがアクセントになっています。大阪レトロカフェドーラはレトロな喫茶店のホットケーキをイメージしたどらやきで、北海道産小豆を使った餡と国産バターをふわふわとした生地でサンドしました。どちらもお菓子やパッケージにわかりやすいインパクトを持たせています。
NOVOVENTOからは次いで、22年6月に「浪花みたらしぷりん」を発売しました。みたらしは大阪のイメージが強いので、みたらしダレとプリンを組み合わせました。みたらしダレには大阪の醤油醸造メーカー「大醤」の醤油を使い、甘辛いコクととろみを付けています。どれも好評ですが、特に苺のきもちと浪花みたらしぷりんが人気を博しています。
こうした新しいことへの挑戦は、今の社長(荒木貴史氏)がチャレンジ精神が旺盛であることも大きいです。「ピンチはチャンスだ。常にチャンスだと思って挑戦しよう」と私達に言いますし、その通り、新販路の開拓に向けて常に走り続けてきました。
人材不足と価格高騰が課題、「長﨑堂イズム」を貫く
――主力の百貨店販路、新たに開拓した販路、交通土産マーケットなどがある中、それぞれの販路をどのように強化されますか。
荒木 特定の販路に力を入れるというわけではなく、既存の市場もコロナ禍で広げた市場も、全てしっかりと育てていこうと考えています。コロナ禍前は「当社は色々な市場に手を出し過ぎでは」という気持ちがありましたが、コロナ禍を経験して逆に「これだけ多くの市場でやっていてよかった」と思い直しました。どれか1つに絞っていたら、相当苦労したと思います。多くの販路を持ち、リスクが起きた時に対応できるのが当社の強みであり、それを伸ばしていくべきと実感しました。
百貨店市場でも新商品や新しい取り組みを強化させて頂ければと思います。地方の百貨店の催事への出店も続けますが、今年はもう催事計画が全て埋まっている状況です。
――百貨店では和洋菓子に対する需要が高まり、新業態の開発なども盛んですが、どのように捉えていますか。
荒木 百貨店のあり方がどのように変わっていくかは、お世話になっているメーカーとして高い関心を寄せています。おそらく百貨店の本来の強みをブラッシュアップする方向へ進んでいかれるかと思いますので、「行きたいと思える空間づくり、お店づくり」に、1メーカーとして役割を果たしたい気持ちです。
――他方で、御社の今の課題は何でしょうか。
荒木 まだコロナ禍の影響から脱していない部分はあります。それは人材です。店頭の販売スタッフは対面で人と接するので、感染を恐れて多くの人員が流出しました。さらに追い打ちをかけるように、現在は売り手市場ですから、求人をかけてもなかなか採用が難しい状況です。現場だけでなく、本社の管理部門や営業部門も人手不足です。
そのため、給与や労働環境、福利厚生などを見直し、従業員が当社で働くメリットが大きくなるようアップデートを行っています。まだ途上ではありますが、人の価値観や情勢が大きく変化している時期なので、それに合わせなければいけないと強く感じています。
――物価や光熱費なども高騰しています。
荒木 コストの上昇も頭が痛い問題です。原材料費、物流費、人件費などあらゆる費用が高騰しているので、売上げが回復しても手放しで喜べない経営環境になっています。そうした状況でもできるだけ品質を落とさないよう、日々商品の見直しをしています。この3年間で2度の値上げを行い、この9月にも行う予定ですが、できる限りお客様に影響が出ない範囲で値上げをしています。
原価の値上げ分をそのまま価格に転嫁すると、おそらくかなりの買い控えが起きてしまいます。この物価高で、消費者のお菓子の購入機会が半減したというデータもあります。品質を落とさないためには価格を上げざるを得ないのが現状ですが、なるべく多くのお客様に手に取って頂けるよう、企業努力によって抑えています。
――価格が上がると、廉価な商品のニーズが高まってくるのではないでしょうか。
荒木 値頃なスイーツも、最近はハイクオリティな商品が多く出ています。どれもおいしいことに違いありませんが、しかしながら、当社の長﨑堂や黒船のお菓子とは大きな違いがあります。当社のお菓子は価格が高い分、1つ1つの素材や製法にこだわっています。
看板商品である長﨑堂の「カステーラ」は、原材料が卵・小麦粉・砂糖・水あめだけ。保存料や添加物は一切使用せず、素材の持つ風味を生かして焼き上げています。初代(創業者の荒木源四郎氏)は「母親が子どもに食べさせる気持ち」を大切にしてきました。その想いはいわば〝長﨑堂イズム〟として今も引き継がれていて、それは長﨑堂だけでなく黒船、然花抄院も同様です。
厳密には、長﨑堂ブランドはこれまでの伝統を守る役割で、黒船、然花抄院は新しい表現や挑戦を行うブランドという棲み分けがあります。ただ、どのブランドでも長﨑堂の理念を持っていることは変わりません。それは、これまで開拓してきたどの流通販路においても一気通貫しています。良いものを求める方や健康への意識が高い方は時間や手間を惜しまず購入されるでしょうし、そこに私ども長﨑堂の勝機があります。
(聞き手・編集部 都築いづみ)