2024年11月22日

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旧東急本店のワイン売場、路面店化で接点拡大

新型コロナウイルス禍による機会損失は、衣食住の中でも食に、とりわけ人との会食に顕著に表れた。そうした中、制限を余儀なくされたのが「酒」だ。家族の祝い事や友人との語らいの場では賑わいの一助として、祭礼の場では宝物として、各場面で役を担ってきた酒は、コロナ禍で奇しくも存在を問われる的となった。しかし見方を変えれば、酒はいつの時代も「人が集う場」に存在してきた。この数年、多くの人が自粛してきた集いは改めて望まれ、求められているリアルと言えるだろう。時代の変化と共に人々の生活に豊かさを添えてきた百貨店。ウィズコロナを歩み始めた今、「百貨店で酒を買う価値」、「百貨店が売る酒の価値」にスポットを当て、酒売場の刷新で攻勢を掛ける現場を探る。


ボルドーカラーのエントランスが印象的なファサード。雰囲気のある店内の様子が、全面ガラスの窓越しにうかがえる

長年に亘り愛されながら、店舗の閉館に伴い姿を消した東急百貨店本店(以下、東急本店)のワイン売場が、路面店として復活した。名称は「THE WINE by TOKYU DEPARTMENT STORE」で、東急本店から徒歩約1分と程近いオクシブビルの1階に3月10日にオープン。手頃なデイリーワインから稀少性の高いワインまで約2000種類の品揃えを東急本店から受け継ぎ、販売員も移籍した。開店を待ち望んだ多くの顧客が早速来店し、3月の売上げは前年比150%と好調。カテゴリー別でも、フランス産が170%、国産が150%といずれも前年を大きく上回る結果となった。顧客からの要望で引き続き設置したテイスティングカウンターも、前年比110%の利用率で人気を得ている。期待通りのスタートダッシュを見せた。

今年1月31日、東急本店は約55年に亘る営業に幕を閉じた。最終日は開店から多くの人で賑わい、なじみの販売員との別れを惜しむ客の姿も見られた。中でも地下1階のワイン売場は、豊富な品揃えとソムリエの確かな知識とサービスで、都内でも有数なワイン愛好家達を魅了してきた。1990年に食品売場を8階から地下1階へと移した際、本格的にワイン売場を展開。百貨店のワイン専門売場としては先駆けともいえる存在だった。ワインを愛する人達の“サロン”としても親しまれ「ワイン売場だけは残せないか」と、存続を求める声が多く寄せられた。東急本店も「長くご愛顧いただいているお客様と引き続きリアル店舗で接点を持ち続けたい」と、売場の移転を決意。出店場所や品揃えなど顧客からも意見を収集し、晴れてオープンの日を迎えた。

THE WINEは、本店売場のコンセプト「お酒は趣味でありファッションである」を引き継ぎ、“ワインファンが集うコミュニティの場”を目指す。以前と変わらず約2000種類を誇るラインナップで、什器もリユース。シニアソムリエの資格を持ち、店長を務めるフード事業部フードショー運営部フードショースライスTHE WINEの齋藤学専任課長(以下、齋藤店長)と、本店から移籍した6人のソムリエの計7人で運営する。

ワイン愛好家の心を一瞬で掴む魅力的な空間。店内には美しいワインボトルが勢揃いする

店に足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのは息を飲むような美しいワインの世界。入口からは150㎡の店内が見渡せ、奥へと続く壁面にはフランス産を中心とした世界各国のワインが収まる。店の中央には本店売場の頃から豊富なラインナップを誇る国産ワインと、東急ならではのセレクトでバリエーションに富んだナチュラルワインが所狭しと並ぶ。

東急本店時代から人気の「おすすめワイン」のコーナー

約30人の社員がテイスティングして選ぶ「おすすめワイン」のコーナーも、以前から引き続き展開。赤や白など様々な種類を1~10位とランキング形式で紹介する。

存在感を放つセルフ形式の有料ワインサーバー。新店舗のトピックとして打ち出す

今回新たなサービスとして導入したのが、有料の自動ワインサーバー「エノマティック」だ。常時4種類の銘柄が楽しめるセルフ形式のサーバーで、客が購入カードをマシンに差し込んで商品を選ぶと、ワインが注がれる。手頃な価格のカジュアルワインを揃えて、若年層の客や店の外を行き交う人達にも利用を促す。齋藤店長は「ワインに興味を持ってもらうことが大事」と、店の認知度を高める施策と位置付ける。

ゆったりとワインのテイスティングが楽しめるカウンター。ソムリエと客のコミュニケーションの場としても活用

顧客からの強い要望で存続したテイスティングカウンターは、以前のカウンターより倍近い10席を設けた。客がエノマティックで購入したワインを楽しんだり、週末に開催するソムリエによるテイスティングイベントで活用したりする。イベントは、事前にメールマガジンで約12銘柄のメニューを配信し、当日はオーストリアの老舗ガラスメーカー、ロブマイヤー社のワイングラスで提供。特別感のある体験を通して客に新しい味を発見してもらい、購入への足掛かりとなる機会を創出する。

世界各国のプレミアムワインを収蔵するワインセラー。自由に出入りができ、稀少なワインをゆっくりと吟味できる

店の最も奥に位置するワインセラーも、新店舗の目玉の1つ。以前のセラーとは異なり、回遊できる広いスペースを用意した。13度に低温設定された室内にはプレミアムワインがずらりと並び、客はじっくりと選べる。

店内の温度管理についても、ワイン専門店ならではの徹底ぶり。入口に近い道路側の空間は20度、ガラスのパーテーションで部分的に区切った奥の空間は18度に設定し、加湿や送風設備にもこだわった。ワインそれぞれの特性に合った温度環境を見極めた陳列で、最高の商品状態を維持する。「ワインにこだわるお客様ほど、管理方法は気になる」(齋藤店長)からだ。

品質レベルの高さを求める顧客の存在は、THE WINEにとって8人目のソムリエともいえる。齋藤店長は「中にはしばらく来店されない常連のお客様がいたため、聞いてみると自らワインの輸入を始められていた」と、東急本店時代の逸話を明かす。ソムリエに負けず劣らずの知識と、ワインへの並々ならぬ愛を持ち合わせた多くの顧客からの厚い信頼は、売場を成熟させ、ソムリエ達の士気も高めた。

新店への顧客の反応に、ソムリエの平好美氏は「お客様から『なじみのスタッフがいるので安心して買い物ができる。自分の好みが分かる平さんがいてくれてよかった』と言葉をいただいた」と、確かな手応えを得る。引き継がれた品揃えの豊富さについても評価は高いという。

ソムリエの倉知八重氏も「店内が明るく見通しもよいレイアウトで、お客様に気持ちよく買い物をしていただける」と、新店のメリットを語る。さらに「ワインを買いに行くところがなくて困っていた。ようやくオープンしてうれしい」といった客の声も多い。

オープンから2カ月、こうした従来顧客の期待には十分に応えられている。齋藤店長は「お客様のご要望もあり移転オープンした店舗なので、存続してよかったという声がとても多く励みになっている。その反面、これまでの百貨店内にある1つの売場とは違う路面店としての難しさも感じている」と、現状を捉える。今後、独立した路面店として収益を上げていくには、まずTHE WINEを客が目指す“目的地”にする必要がある。

そのため、現在は店の認知度拡大に向けた取り組みを推進。THE WINE単独のツイッターを開設し、4月運用を開始した。テイスティングイベントの告知や商品情報などを発信。メールマガジンに加え、新たなツールの活用で訴求を強める。店の前を通る人達の関心を呼び込むため、道路に面したガラス窓の近くにスペースを確保。ソムリエが奨めるワインを並べてアピールする。

若年層にも人気が拡大しているナチュラルワイン。近隣のレストランなどともつながりをつくる重要なカテゴリー

東急本店の頃から力を入れている国産ワインやナチュラルワインのラインナップも、新客の獲得に欠かせない。年々人気が上昇しているカテゴリーでもあり、小規模なワイナリーは増加の一途を辿る。店を構える“奥渋エリア”にはナチュラルワインを扱う飲食店も多く、そうした店のスタッフや利用客の来店が増えてきているという。培ってきた強みを打ち出し、地域へのプレゼンスを高めて集客を図る。

百貨店という館(やかた)から独立し、路面店として新たな道を歩み始めた「THE WINE by TOKYU DEPARTMENT STORE」。あくまでもリアル店舗で顧客とつながることを選択し、築き上げたコミュニティの場を守りながら、さらに深化させていく。これまでとは異なる運営スタイルで直面する課題も、ワインを愛して集う“仲間”と共にクリアしていくに違いない。


生活には“彩り”が必要だ。人それぞれ異なるものの、百貨店は、その“それぞれ”を客に提供する大きな役割を担う。人生における豊かさや自身が求める価値を、少し立ち止まって見つめ直す機会ともなり得たコロナ禍の数年は、日常を楽しむためのモノとコト、ヒトへの渇望の数年でもあった。それらをつなぐ「酒」に商機を見出した3店。嗜好を満たす専門性、ニーズに応える品揃え、信頼を得るサービスを追求し、「百貨店で酒を買う価値」と「百貨店が売る酒の価値」を磨き上げた。リアル店舗だからこそ叶えられる「味わい」を客と共に楽しむ売場づくりから、今後も目が離せない。

(中林桂子)

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