2024年11月24日

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【連載】富裕層ビジネスの世界 日本企業が目指すべき道(3) 境界統合型M&Aでコングロマリット化を

バブル崩壊から今に至るまで、日本企業は「選択と集中」と「持たざる経営」を進めてきた。だが新たな事業創造ができず、成長軌道に乗れずにいる。そこで、フロンティア・マネジメント代表取締役の松岡昌宏氏に、日本企業が目指すべき道について聞いた。3回目は、どのようなM&Aを目指すべきかについてだ。


境界統合型という新しいM&Aの形

日本においてM&Aは着実に増加している。1980年代後半のM&A件数は、年間500件程度だったが、2017年には3000件を超えた。M&A成約金額ベースで見ても、80年代後半の年間数千億円から17年には年間20兆円を上回る水準へと上昇している。

M&Aのタイプは一般的に、①水平統合(同業買収によるシェアの拡大)、②新規ビジネスへの参入、③垂直統合(バリューチェーンの川上・川下の買収)の3つとされている。

例えば、①の水平統合型M&Aは、18年に武田薬品工業がアイルランドの製薬大手企業であるシャイアーを約460億ポンド(約6兆8000億円)で買収した案件が代表例。これは、日本企業による過去最大規模の海外企業買収で、同社はこれで世界の製薬会社のトップ10入りを狙うと宣言、地域の多角化も図る案件だった。

②の新規ビジネスへの参入型M&Aの好例は、やはり18年に発表になった、米飲料大手コカ・コーラによるカフェチェーンの買収だ。こちらも、母国市場での潤沢な利益を用いての地域の多角化だ。買収対象は、英国に拠点を置くカフェチェーン「コスタ・コーヒー」。コスタ社が既に中国国内に約450店舗を有しており、今後の成長市場である中国において橋頭堡を築いていることが、買収の背景にあると言われている。つまりコカ・コーラ社は、時間を買ったわけだ。

しかし、前回でも触れたように、今後は増大する「取引コスト」を削減するためのM&Aが盛んになるはずだ。それは、①~③ではない新しいタイプで、「境界統合型」というものだ。

これは、ビジネスを行う際に隣接する事業を行っている、つまり境界を接している企業とのM&Aのことだ。食のバリューチェーンでいえば、弁当を仕入れて販売するコンビニエンスストアと、その弁当を製造する工場のように、境界を接して密接に関係している両社が、M&Aによって一緒になるという形だ。

第三者の弁当工場から仕入れるか、それともM&Aをしてグループ内に取り込んだ工場から仕入れるかで考えてみよう。

第三者の弁当工場から仕入れる場合、複数社から合い見積もりを取って仕入れ先を選ぶ。この場合は、弁当のクオリティではなく、仕入れ価格を重視する。そのため、コンビニが得ている消費者情報を生かし、最良の弁当を作るというわけにはいかない。ある程度の品質の弁当でも売れている時代であれば、これでも良かった。

一方、特定の弁当工場をM&Aを行ってグループ内に入れると、仕入れ先を選ぶ必要がなくなるため、見積もりを取ったりコンペを開いたりする手間やコストが削減できる。しかも、コンビニが得ている情報、例えば売れ行き情報などを100%駆使することができるため、おいしくて売れる弁当を開発することができ、生産性も向上するわけだ。

そういう意味で境界統合型は、バリューチェーンにおける情報やノウハウの分断を防ぎ、弁当工場を仕入れ業者として扱うのではなく、パートナーとして扱うことで効率を上げていこうという動きともいえる。

増大する「取引コスト」の問題に直面した日本の企業は、いかに取引コストを引き下げるかという命題に迫られ、自らの境界上に存在している外部の企業を始めとする経済主体を社内に内部化していくこととなる。これこそが、今後増大するだろう「境界統合型」のM&Aといえるのだ。

境界統合型のメリット

では、境界統合型M&Aのメリットはどんなところにあるのだろうか。これは、プライシングの「外枠」で考える必要がある。

同業他社を買収して、同業界内でのシェアを上げるような「水平統合型M&A」であれば、外枠のメリットを考えやすい。マーケットシェアを引き上げることで取引先との価格交渉はより好ましい状態となり、単なる売上高や利益の合算以上の収益アップが期待できる。また、両社の研究開発や広告宣伝など、多くのシナジー効果やコスト削減も期待できる。

一方、「新規ビジネス参入型M&A」の場合、シナジーも取引コストも考慮に入れる必要がないので、純粋に買収対象の価値と、他の買収候補企業との競争といったシンプルな構図だ。買収側の企業が、買収のための資金調達のコストをどれくらい上回るリターンを、買収対象から将来的に得られるかどうか、という経営判断となる。

しかし、増加が予想される「境界統合型M&A」では、「自社の取引コストをどの程度削減することができるかどうか」という視点で見るべきだ。

例えば、あるメーカーが「自社の商品を製造する際に使用している原料メーカーを内部化するかどうか」という場合を考えてみよう。仕入れ先の原料メーカーはほとんど利益が出ていないかもしれない。ディスカウントキャッシュフロー(DCF)方式などで分析すれば、買収に値しなかったり、買収してはならない対象だったりするかもしれない。DCF方式の結果だけを取締役会に提出すれば、厳しい社外取締役から言下に買収提案を否定されるだろう。

しかし、原料メーカーからの仕入れにおいて、相応の取引コストが発生していた場合はどうだろうか。この原料メーカーは、他の卸売先も含めた有力で新鮮な情報を持ち、営業担当のメンバーもなかなかつわものぞろい。原料の仕入れ値の引き下げをするため、先方工場内の改善提案をしても、なしのつぶて。いつも、この原料メーカーからの仕入れには手を焼いている。

このような場合、この原料メーカーを買収して内部化することで、先方との交渉コストは一気に削減することが可能だ。原料メーカーの工場を効率化するため、徹底した調査も十分に行うことができる。彼らが持っているさまざまな情報も、お互いインサイダーなのだからフルに共有することで、新しい協業が即座に行える。それだけに買い手側は、入札を回避でき、デューデリジェンスも効率的に行えるというメリットもある。

それら境界に接している企業群への資本参加や買収は、DCF方式など伝統的なプライシングでは妥当な買収価格にはならない。自社内で綿密な取引コストの分析をして、対象企業を買収した後に、組織を含めてどのような変更を行い、どのような効率的なオペレーションが達成されるかというシミュレーションが必須となる。

そのため、M&Aの対象となっている事業・企業の分析よりもむしろ、「自社のどこにどのような取引コストが発生しているのか」という自省的自己分析が必要となってくるのだ。

いつの世も儲かるコングロマリット

境界統合型のM&Aは、会社全体を成長させていく原動力になる。世界で活躍できる一部の特殊な企業群(選択と集中に適した企業)以外は、今後はいかにM&A戦略を駆使して、コングロマリット化を進めていくかが各社の成長の可否を決定する重要な焦点となる。

実は、コングロマリット企業や多国籍企業の歴史は、儲け過ぎ批判の歴史と言える。特に米国では、コングロマリット企業にあまりにも多くの富が集まり過ぎることで社会的批判が高まり、独占禁止法の強化につながった経緯がある。

しかし、現代でもGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)と呼ばれる米国の4大企業のうち、少なくともアマゾンは明らかにコングロマリット的なビジネスの展開をしている。同社は、表面的にはネット通販の企業であるが、企業向けのデータセンタービジネスが収益の柱となっている。

GAFAの他3社も、積極的に新しいビジネスへの投資を行っており、特定のビジネスの専門会社という枠を超えている。結果として、GAFAの超巨大化が問題にもなっており、国家との戦いにまで発展している。

いつの世も、巨大化する企業はコングロマリット的手法が採用され、それが収益成長を加速させる。すると、公平感に敏感な一般国民からは、儲け過ぎ批判が噴出する。結果として、国民との契約で成立している近代国家は、巨大コングロマリットと戦い、規制をしなくてはならない羽目に陥る。コングロマリット戦略は、いつの世も儲かるのだ。

だからこそ、今後、成長を目指すなら、境界統合型のM&Aを検討してみるべきだといえる。

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