2024年11月21日

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【連載】富裕層ビジネスの世界 日本企業が目指すべき道(2) 米中とは異なる日本企業が取るべき「自国内のコングロマリット戦略」とは?

バブル崩壊から今に至るまで、日本企業は「選択と集中」と「持たざる経営」を進めてきた。だが新たな事業創造ができず、成長軌道に乗れずにいる。そこで、フロンティア・マネジメント代表取締役の松岡昌宏氏に、日本企業が目指すべき道について聞いた。2回目は、「コングロマリット経営の勧め」だ。


中国・インドで年率23%、韓国で11%成長

90年代後半以降の日本において、「選択と集中」の礼賛とともに語られたのは、コングロマリットに対する否定だった。

米国のコングロマリットが1980年代後半から勢いを失くしたことをきっかけに、欧米ではコングロマリットが“時代遅れの恐竜”扱いされ、日本でも10年遅れて90年代後半から言われるようになった。

しかし、本当にコングロマリットは誤りなのか。

アジアや中南米では、依然としてコングロマリット企業が中心的な存在として経済が発展している。ある論文によれば、過去10年間、コングロマリット企業の売上高は、中国とインドが年率23%以上、韓国が年率11%の成長となるなど、特に新興国で急増している。また、売上高上位50位(国営企業除く)のうち、コングロマリットが占める企業数は、インドでは45社、中国では40社、韓国では20社となっている。

好例は、中国のBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)と呼ばれる、同国を代表するインターネット系新興企業だ。BATは、今や「投資家」としてグループの業容を拡大している。リサーチ会社のデータによると、2017年以来アリババは既に60件の投資をし、テンセントはこの6年で600社を超える企業を買収した。また、BATは既に直接または間接的に、中国における124社の「ユニコーン企業(時価総額1000億円以上の未上場会社の呼称)」の半数に投資している。

特徴的なのは、コングロマリットの多角化度合いが、近年さらに増していることだ。主要コングロマリットでは、平均すると18カ月ごとに新しい会社が設立され、ほとんどの場合、既存事業と無関係の分野だという。

地域によって異なる事業多角化の方向性

ただし、コングロマリット戦略と一言で言っても、事業と地域という違いがあるし、マザーマーケットの大小によっても方向性が異なる影響を受ける。自社の置かれた環境を踏まえて、冷静に可能性を判断する必要がある。一般的に言えば、各社の出自の国の市場、つまり母国市場(マザーマーケット)の規模の大小によって、企業の多角化の方向性は影響を受けてくる。

例えば、母国市場が大きい国では、まず母国で十分なシェアを握り、母国で利潤を得てから同じビジネスを海外展開することでさらに成長しようというインセンティブが生じやすい。母国市場での十分な利潤を確保することができるからだ。

一方、日本、ドイツ、フランスなどの母国市場が中規模なケースはどうなるか。これらの国の母国市場は、中途半端に大きな市場であるため、中規模市場での企業はまずは母国市場で拡大を図る。だが、自らの母国市場で稼ぐ利益でグローバル展開をするほど巨額の利潤は得られない。このため、これらの企業は地域の多角化には積極的になれない。母国市場内で事業の多角化を行うことが成長維持にとって合理的となる。

ちなみに、アセアン各国、北欧諸国などの母国市場はあまりにも小さいため、企業は設立後すぐに成長のための多角化戦略を始める。それは、いきなりグローバル市場をターゲットとした地域の多角化戦略になる場合もあるし、地元財閥のように事業の多角化を志向する場合もある。

コングロマリット・ディスカウントは正しくない

コングロマリットが株式市場からも厳しい目が向けられがちなのは、いわゆる「コングロマリット・ディスカウント」と呼ばれる問題だ。これまでコングロマリットのバリュエーションが低くなるのは、「外部からの分かりにくさ」が原因とされてきた。

だが、果たしてこれは正しいのか。2010年度の国際会計研究学会年報に、興味深い論文が発表された。中野貴之氏による『多角化ディスカウントに関する実証研究』という論文だ。

中野氏の分析によれば、コングロマリット・ディスカウントは、「事業の多角化」よりも、「地域による多角化」による影響が大きい。つまり、もともとの出自の国から外国へと進出した際に、コングロマリット・ディスカウントと呼ばれるバリュエーションの低下が起こっていることが示されているのだ。詳細は省くが、地域の多角化をした場合、事業の多角化に比べて3倍程度、バリュエーションを下げるという。

これはコングロマリットが悪いわけではなく、海外進出に伴うリスクを織り込んでいるに過ぎないということだ。先に示したとおり、日本のように母国市場が中規模である場合、母国市場内で事業の多角化を行うことが成長維持にとって合理的となる。つまり、日本企業では特に、「コングロマリット・ディスカウント」を懸念する必要性はないのである。

不確実性によって増大する「取引コスト」

コングロマリットの有効性を考える際に重要なのは「取引コスト」というものだ。

そもそも企業とは「ユーザーが本来支払うべき手間の省略コスト」によって、その存在が支持される。簡単にいえば、ユーザーの外部に存在する市場や企業から部品や資材を調達するなど、さまざまな取引の際に発生する種々のコスト(=手間)のことを指す。

この10年間でICT(情報通信技術)が急速に発展し、人や企業は、数多くの他社・他者とつながることが可能となった。これは、問屋やエージェント会社を中抜きすることであり、一見合理的な世界に見える。しかし実際には、よく知らない他社や他者とつながることは、取引コストを発生させる。

例えば、水回りが故障して整備工を呼んだ主婦も、同じ共同体内で何年も顔見知りの整備工であれば、取引コストは小さい。しかし、ウェブ上で検索しただけの、よく知らない整備工との取引であれば、その際の取引コストは大幅に跳ね上がる、といった具合だ。

これは、「不確実性」の問題と言ってもいい。これまでは取引コストに大きな影響を与えるのは「反復性」と「汎用性」と考えられてきたが、社会や経済環境の様々な変化は、「不確実性」という要素の登場によって取引コストの増大を招いている。

大量生産、大量消費の時代は終わった。代わりに、再現性がないものや複雑なもの、秘匿性を持った情報、クリエイティビティが要求されるような高付加価値サービスが求められ、反復性と汎用性が低下して不確実性が上昇した。

このように現在の日本企業を取り巻く環境は、間違いなく取引コストが増大する方向で動いている。反復性や汎用性のある取引がなくなり、不確実性のある取引が増大しているのだ。

そうした流れは変えることができず、今後も取引コストが増大していく事は間違いない。だとすれば、企業は取引コストを削減する方向へと向かわざるを得なくなってくる。その際に最も合理的なのが、取引コストを社内に取り込むということだ。

つまり、過去20年間に亘って日本企業が進めてきた「選択と集中」、「持たざる経営」を捨て去り、事業や企業を内部化する、いわゆるプリンシパル戦略を強化すべきというわけだ。

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