2024年11月24日

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【連載】富裕層ビジネスの世界 東証がプライム市場改革で迫る上場のタイムリミット

「プライム市場にふさわしくない企業があまりにも多すぎる。そもそも今の半分ぐらいでも十分なんじゃないか」

株主提案などを通じて経営陣の交代や経営改善などを求め、企業に揺さぶりをかけることで恐れられている「アクティビスト(物言う株主)」と呼ばれる投資ファンド。その日本代表はプライム市場の現状についてこのように指摘し、「上場基準を満たしていないのに、猶予期間があることをいいことに残留しているボーダー企業をターゲットにしている」と明かす。

ボーダー企業の猶予は26年3月

東京証券取引所は2022年4月に市場改革を実施。それまでの東証一部、二部、マザーズ、JASDAQの4つの市場区分を、「プライム市場」、「スタンダード市場」、「グロース市場」の3つに再編した。

このうち最上位とされているプライム市場は「多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額(流動性)を持ち、より高いガバナンス水準を備え、投資者との建設的な対話を中心に据えて、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業向けの市場」と定義付けられ、上場基準として「流通株式時価総額100億円以上」、「流通株式比率35%以上」、そして「1日の売買代金が2000万円以上」などが定められた。

ところが、こうした上場基準を満たしていないにもかかわらず、プライム市場に残留している企業が多数ある。基準を満たしていなくても「適合に向けた計画書」さえ出せば暫定的に上場を認める「経過措置」が設けられていたからだ。しかも当初は、暫定期間の期限を「当分の間」と曖昧にしていたため、企業の間では「そんなに急いで対応しなくてもいいだろう」との認識が広がっていた。

そのため、ふたを開けてみれば東証一部企業2175社の実に84%に当たる1839社がプライム市場に移行(現在は1837社)。つまり、ほぼ横滑りした形だ。

これには前述したアクティビストを始め、海外の機関投資家などから批判が噴出。そうした声に対応する形で東証は有識者会議を開催。そこでの議論を踏まえ、2月15日に「経過措置の期間を2022年4月の市場再編を起点に3年で終了、その後1年の改善期間を設ける」とし、実質4年で終わらせる案を発表。それでも基準を満たせなければ監理・整理銘柄に指定され、上場廃止になるとした。つまり、ほとんどのボーダー企業の“執行猶予期間”が2026年3月までと決定されたのだ。

アクティビストのターゲットに

こうしたボーダー企業は、22年12月末時点で269社に上っている。今後、執行猶予期間中に、業績を上げて流通時価総額を引き上げることはもちろん、創業家やオーナーの持ち株を売却して流通株式比率を向上させる必要に迫られているのだが、どこかまだ暢気なところが少なくない。

というのも東証は、「適合に向けた計画書」の期限が、今回定められた猶予期間(実質4年)を超えている場合、猶予期間を過ぎても計画の期間中は監理銘柄にとどめ、上場廃止にはしないという特例を設けているからだ。

「オーナーに株を売却してもらうことも株価の下げ要因になり、容易なことではない。業績の向上はもっとハードルが高い。まだ時間はあるし、そのうちタイミングを見て対応すればいいだろうと考えている」(あるボーダー企業の財務担当者)

とはいえ、こうした企業もそんなことをいつまでも言ってはいられない状況だ。というのも冒頭で紹介したアクティビストたちが狙いを定め、虎視眈々と襲いかかるタイミングをはかっているからだ。

事実、昨年12月には、あるボーダー企業にアクティビストが噛みついた。この企業が具体的な戦略なきままファイナンスを実施したために株価が下落、一時、流通株式時価総額の基準に抵触してしまい、株主価値を毀損したとの主張だ。

現在、この企業の株価は回復して基準はクリアしているものの、「株価が下がればすぐに基準に抵触してしまう状況で、さらなる時価総額の向上が必要。そもそも資本効率を考えずにファイナンスしているような企業が、プライム市場に上場しているのはおかしい」として株主提案を行ったのだ。

結果としてこの株主提案は株主総会で否決されたが、アクティビストは諦めていない。

「そもそも資本効率など考えずに現預金をしこたまためこみ、株主のことなど全く考えない企業はプライム市場に上場すべきではなく、今すぐ退場すべき。引き続き、そうしたボーダー企業に株付けして姿勢を正していく」とアクティビストの日本代表は訴える。

事実、このアクティビストはボーダー企業をピックアップ。現預金の現状や流通株式時価総額などでスクリーニングをかけ、対象となった企業の株式について大量所有報告書を提出しなくて済む5%以内で保有し、水面下で企業と交渉を行っている。

「ボーダー企業はいくらでもあり、われわれだけではなく他のアクティビストたちも水面下で活発に動いている」と、この日本代表は明かし、「いつまでも先延ばしできると思っているなら大きな間違い。いつのまにか株付けされて慌てるハメになるだけ。できるだけ早いタイミングで対応を図るべきだ」と訴える。

PBR1倍割れ企業も餌食に

さらにアクティビストたちは、PBR(株価純資産倍率)が1倍割れの企業にも牙をむく。1倍割れとは、一言で言えば継続的に事業を行うより解散した方が株主の利益になる企業、つまり上場している意味がない企業だ。

その数、プライム市場企業の実に51%。半数以上の企業が上場している意味がない企業となる。そうした中には、たらふく現預金を貯め込み資産を有効利用していない企業も多く、アクティビストの格好の餌食になっているわけだ。

「ある企業の株価が、1株当たりの純資産額より低いということは、株式を買い占めて会社を丸ごと買収した後、持っている資産を全部売り払えば大儲けできるということ。しかもキャッシュリッチであればさらにおいしい」と別のアクティビストの幹部はうそぶく。

こうした事態について、東証も以前から問題視しており、今回も「経営陣や取締役会において、自社の資本コストや資本収益性を的確に把握し、その状況や株価・時価総額の評価を議論のうえ、必要に応じて改善に向けた方針や具体的な取り組み、その進捗状況などを開示すること」を「強く要請する」としている。

そのほか、親子上場問題など、上場企業をめぐる問題はまだ山積している。経営改善を突いてくるアクティビストのみならず、東証自体も今後、問題改善を企業に迫るとみられており、上場企業としては早急な改革が必要となりそうだ。

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