2024年11月22日

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ファッションサブスク「アナザーアドレス」、初年度の成果と課題 田端竜也事業責任者に聞く

アナザーアドレスの初年度は、会員数が想定の1000人に対して7000人超、売上げも事業計画に対して1.3倍を記録。レンタルした衣料品の総数は2.5万超に上った

大丸松坂屋百貨店が昨年3月12日に運営を始めた、ファッションのサブスクリプション「AnotherADdress(アナザーアドレス)」は、初年度に想定を大きく上回る好結果を収めた。会員数は想定の1000人に対して7000人超、売上げも事業計画に対して1.3倍を記録。レンタルした衣料品の総数は2.5万超に上った。想定外ゆえに在庫が足りず、“貸し逃し”も多かったが、2年目に向けては取り扱うブランドを当初の約50から2倍以上の113まで拡充。在庫も約3倍まで増やす方針で、受け入れ態勢の整備を急ぐ。立ち上げに際して目標に掲げた「5年目で3万人の会員、55~60億円の売上高」は、達成へと着実に近付いているのか。事業責任者の田端竜也氏とCRMやPRを担当する窪川有咲さんに尋ねた。

事業責任者の田端竜也氏(左)とCRMおよびPRを担当する窪川有咲さん

――アナザーアドレスは、1カ月に3着のレンタルで1万1880円と他のファッションサブスクに比べて高めの料金ながら、“百貨店ならでは”と言える魅力的なブランドを揃え、多くの支持を得ました。すでに多くのメディアが初年度の概況、すなわち人気のブランドや利用者の特性などを報じており、できるだけ重複しない情報を引き出せたらと考えています。まずは田端氏、あるメディアのインタビューで「最初の事業計画は上から袋叩きに遭った」と語っていましたが、やはり賛否では「否」が多かったのですか?

田端 「売る」と「借りる」はある意味ではカニバリゼーションとも考えられますし、百貨店と取引先で「ブランドを維持し合う」のが既存のコアビジネスです。新規事業の開発を担当する役員は歓迎してくれましたが、当時MDを担当する役員には「難しい」と言われました(苦笑)。

――それでも勝算があった。

田端 先行するアメリカでは、すでにレント・ザ・ランウェイ社やル・トート社がマーケットの支持を得ていました。J.フロント リテイリングは、2016年頃にファッションサブスクリプションサービスを展開するアメリカのル・トート社に出資し、日本での展開を検討していましたが、当時はアメリカ人の体型や衛生観念が日本人と異なる上、フルフィルメントが求められ、ファッションのレンタルやサブスクも黎明期でしたから、難易度が高いと判断されて実現しませんでした。その後、日本のスタートアップにも出資し、私自身が内側からサービスを見る中で、マーケットのポテンシャルはとても大きいと感じていました。

――御社は数年来、次々に新規事業を立ち上げていますが、当時はハードルが高かったですか?

田端 2011年に入社し、店舗の研修時代を終えてからは、一貫してグループの新規事業に関与してきましたが、残念ながら本当に大化けした新規事業は生まれていません。アナザーアドレスは社内ベンチャーとして、意思決定を事業部内で閉じ、対応にスピード感がありますが、かつての新規事業案件はどうしても多くの部署が関与するため、社内調整にエネルギーがかかり過ぎていました。今に比べると若手の発言権も大きくなかったです。現在では、若手が経営会議に出る機会も多くなってきましたし、経営陣には若手の意見をしっかりと受け止めてもらっていると感じています。

――アナザーアドレスのビジネスモデルや成果は、すでに多く報じられています。そこで、運営体制を教えて下さい。何人で、どう運営しているのか。百貨店業界に特化したメディアとして、他社の参考になる情報と考えています。

田端 提案した時は2人でした。ゴーサインが出され、準備に入った段階で4人になり、一昨年の9月に6人、昨年3月のローンチで7人、好評にともない11人、13人と増員され、2022年度(22年3月~23年2月)は16人で迎えました。物流やシステムなどの業務を他部署に投げず、チーム内で全ての業務を完結させています。それこそ財務三表の管理はもちろん、取引先への振り込みまで行っていますよ。

――十分な人数と言えますか?

田端 人手は欲しいですね(笑)。一方で、立ち上げ1〜2年目のベンチャーとして考えれば、なかなかの人数だとも思います。組織としては、私が事業責任者を務めつつ、主に買い付けを中心とした商品周りを担当する「MD」、“ささげ”やウェブサイト内の記事などコンテンツを担当する「メディア」、顧客対応やシステム開発、サービス設計などを担当する「CRM」、物流管理を担当する「オペレーション」の4つのセクションに分かれており、MDとメディアが5人ずつ、CRMが4人、オペレーションが1人です。

分担はこなれてきており、業務も平準化されてきていますが、100を超えるブランドの展示会を回り、商談するとなると、MDのセクションはいくら時間があっても足りないですし、顧客対応もアジャイル開発の源泉であり、チームで全て行っているため、正直多忙です。チームのメンバーはどの部署より頑張ってくれていると感じています。

――組織上の課題を教えて下さい。

田端 衣料品を買い付け、ささげを済ませ、貸し出し、動きが鈍い商品は記事を書いたり、特集を組んだりして動かし、戻ってきた衣料品はクリーニングや修繕に回す――という流れですが、例えば「服の素材や形状などによっては修繕が大変、あるいは発生しやすい」などの情報を共有しておかないと、思わぬトラブルが生じます。横の連携は不可欠ですが、そこは全員が同じ部屋で少人数でやっているメリットが出ています。もしこれが、縦割りの組織でやっていたとしたら、回らないと思います。そういう意味では、現時点で得られた知見をしっかりと形式値としてストックし、組織拡大に向けて準備することは必須だと感じています。

――収益面については、いかがでしょうか。

田端 ビジネスとして、まだ(ファッションサブスクリプション市場を)掘っている途中です。黎明期のマーケットですから、様々なプレイヤーがそれぞれのビジョンの中で、競合するよりも市場認知を高めることが重要だと考えています。私達は、この市場はいずれECに次ぐ大きな消費の変化を生む存在であると信じてサービスを展開しています。その時には「ファッションサブスクと言えばアナザーアドレス」となれるように、まずは5年間で黒字化を目指します。

売上げは非開示ですが、初年度は3割ほど上方修正しましたし、会員も8000人近くまできました(3月24日時点)。私は事業計画にある程度のバッファーを持たせるタイプですが、それを加味しても十分に手応えは感じています。

――これまでに誤算はありませんか?

田端 誤算というより苦労した点として強いて挙げるならば、ローンチするまではブランドの開拓に非常に時間がかかりました。当初は4枚くらいの資料を持参して説明しましたが、なにせ新しいサービスでゼロの状態ですから、共感はしてもらえるものの、いざ参加してもらえるかというと反応は芳しくありません。当社の社長や役員と一緒に訪れ、丁寧に説明を繰り返してようやく決まるという感じでした。今は嬉しいことに、ブランドから声をかけて頂ける機会が増えています。

――利用者からは、どういった声が届いていますか。

窪川 「衣料品の無駄遣いが減った」、「ファッションを楽しむことがもっと身近で気軽になった」など嬉しい声を沢山頂いています。先日、あるお客様から、アナザーアドレスが描く顧客体験を象徴するようなメッセージが届きました。

「まだ1ヶ月目ですが、こちらのサービスにとても満足しています!これまでは別の服のサブスクに入ってましたが、どうしても毎回安っぽく見えてしまう服ばかりが届いて満足いくものではありませんでした。今までは、デパート服=敷居が高いイメージで敬遠してましたが、こちらのサービスを利用して、気軽に品質の高い服を試せる機会が出来て嬉しいです。お気に入り登録をしながら、今まで知らなかったブランドが自分の好みだということに気づいたり、単に値段が高いという理由だけで選択肢に入らなかったものも、実際に来てみることで、これなら大切なシーンのために購入もありだなと思えたり、新たなスタイルの幅が広がりそうです。今後も楽しみにしています!』(原文ママ)

アナザーアドレスは、お客様とブランドを繋ぐメディア的な役割も担っていると考えているので、こういった言葉は本当に嬉しいですね。

田端 こういった体験をしてもらうためにサービスを立ち上げたので、文面を印刷して額に入れて飾りたいくらいです。

――百貨店業界にとっての次世代顧客にリーチできた上、百貨店が取り扱うファッションの価値を認めてもらえたのは大きいですね。アナザーアドレスだからこそ、取り込めた新客とも言えます。名を連ねるブランドにとっても、得るモノは多いですか?

田端 ブランドにとっても新たな出会いの場、潜在顧客にアプローチできる“メディア”になっていけていると感じています。これまでになかった、リアル店舗とECの間の存在とも言えます。商品はリアルタイムで動きを見えるようにしていますが、「レンタル前の行動履歴はもちろん、着用後の評価、回転させる中での形質変化といった貴重なデータがどんどん溜まっているのでマネタイズできる」という声も内外から頂いています。

「レンタルされる頻度は多いものの、利用者の評価が低いブランド」や「レンタルされる頻度は少ないものの、利用者の評価は高いブランド」もあり、売るだけのビジネスモデルでは手に入らない貴重な情報です。修繕の問題点なども伝えており、商品開発にも役立つはずです。

窪川 基本的には丁寧に扱う利用者がほとんどですが、通常のクリーニングや修繕では対応しきれないトラブルが発生することもあります。アナザーアドレスはサスティナブルの観点から「服の寿命を延ばす」ことをコンセプトの1つとしていますから、対策も含めて今後に繋がるヒントは多くあります。

――品揃えの精度について聞かせて下さい。他のメディアのインタビューで「シーズンの変化に対応し切れなかった」と語っていましたが、2年目はどう改善しますか?

田端 品揃えでは、ブラウスやパンツ、スカートは季節による貸し出し率の変動がなく、その中でもコロナ禍ということもあり、画面映えするブラウスは年間を通して非常に優秀でした。一方で(1つの商品を貸し出す頻度が多ければ多いほど収益性が高まるため)真夏用や真冬用は意図的に省いてきましたが、ガラッと季節でアイテムのフェイスが入れ替わる店頭やECに慣れたお客様からは「真夏、寒い冬に選べる服がない」と言われました。

期中でニットやコートを仕入れるなど対応しましたが、季節ニーズへの対応は課題です。初年度は商品が追い付かない中での企画対応になりましたが、2年目はレコメンドの精度を上げるとともに、盛夏物やニットやコートの買い付けを増やして対応します。

とはいえ、ダウンまで揃えるのは(事業構造的に)厳しく、コートの方向性としてはピンクやグリーンなど「レンタルなら着てみたい」と思える色をラインナップしていきます。店頭と異なり、チャレンジングな“見せ筋”を中心に仕入れますが、それはブランドにも喜ばれています。コロナ禍では衣料品の動きが鈍く、生産調整を余儀なくされ、色は定番に集中せざるを得ないですが、デザイナーは本来、色も含めて個性的なモノをつくりたいですし、お客様も着てみたいと思っています。そこを無理なく紐付けられるのは、このサービスの特色だと思います。

――利用者の年代に特徴はありますか?

田端 45歳を中心に下は18歳、上は72歳です。学生の方には少し費用が高いですし、現時点では“アラサー”からが主戦場のビジネスと認識しています。

――全く動かなかった衣料品はありますか?

田端 ゼロ、つまり1度も借りられなかった衣料品の比率は0.5%以下です。ブランドや商品に問題があるのではなく、季節を先取りする店頭のビジネスではなく、完全なオンタイムビジネスですので、投入するタイミングを見誤った結果だと思っています。

――逆に動きが良かった衣料品は何ですか?

田端 インポートとデザイナー系のナショナルブランドが中心でしたが、ドメスティックブランドの動きが凄く良かったです。大丸松坂屋百貨店には手薄なブランドが多く、グループ会社のパルコのネットワークも紹介してもらい、この春夏からはラインナップを手厚くしてきました。

――真価が問われる2年目のプランを教えて下さい。すでにブランドの拡充や新たなサービスの導入などを発表しました

田端 やりたいことは沢山あります。「月に1回はプレスリリースを出せるような面白い取り組みを進めよう」とチームには話しています。折角の高速な意思決定と実装できる環境があるため、メンバーから出た新たなアイデアを話し、「いいね」となれば1カ月後には実現させるようなスピード感を継続していきます。

東京藝術大学や三菱ケミカルと連携し、アナザーアドレスでファッションを楽しみながら植樹活動を支援できるプログラムを始動させましたが、これは三菱ケミカルと「こういうことをしたいね」と話し、翌日には東京藝術大学にアポイントを取り、2週間後にはやる方向で一致していました。

東京藝術大学や三菱ケミカルと連携した植樹活動を開始

あるいは、アナザーアドレスで取り扱う衣料品の約5%がインナー付きで、それが消耗したり紛失したりすると貸し出せなくなっていたため、ワコールさんと組んでインナーを導入しましたが、これもあっという間に決まりました。

――百貨店業界では珍しいスピード感です。

田端 5年前からオープンイノベーションと呼ばれるベンチャー企業との新規事業共創や出資を担当し、学んだことが生きています。百貨店で新しい何かを始めようとすると1カ月や2カ月ではアポイント止まり、実装には数年かかることも日常で、その間にトレンドは大きく変化しています。ベンチャー企業なら致命的な停滞です。

アナザーアドレスは当社にとって“出島”であり、今までと違う動き方を実践して蓄積したノウハウを将来的に社内に還元するのもミッションです。チームのメンバーにはこの環境を楽しんで、どんどん発想を膨らまして実現して欲しいと思っています。

――まだまだ新しいアイデアが具現化されていきそうです。

田端 今までの事業は、お客様を掴むための販促費に膨大なコストがかかっていましたが、アナザーアドレスは報道や口コミなどで多くのお客様が流入しています。つまり、コストは満足度の追求にかければいいという好循環が産まれています。4月や5月にも面白いことを発表できるはずですし、期待して下さい。

――アナザーアドレスは日立物流、「洗濯ブラザーズ」としても知られるバレル、日本環境設計、GWG、80&Companyとパートナーシップを結んで運営しています。各社とはウィンウィンの関係を築けていますか?

田端 例えばクリーニング業界は、冬物が大挙する4~5月が稼ぎ時で、そこで年間の売上げの大半を稼ぎます。また、店舗や販促の費用が大きく、業績の重しになっています。もちろん繁忙期にアナザーアドレスの衣料品がかち合うと、捌き切れるかという足元の不安もありますが、バレルを介して洗濯を請け負う神奈川県内のクリーニング業者からは「間接コストが必要ない」、「業務量を平準化できる」、「業界にとってこれは非常に革新的」と歓迎されています。

――最後に窪川さん、2年目に向けた意気込みをお願いします。

窪川 私もアナザーアドレスを1年以上利用していますが、このサービスのファンの1人でもあります。より多くの人に、この新たなファッション体験をしてもらいたいですし、ファッションとの距離がもっと近づくことを願っています。CRM担当としてお客様の声を吸い上げながら、より良い顧客体験を増やしていけるよう、スピード感を持ってアナザーアドレスを進化させていきます。

(聞き手:野間智朗)