2024年11月22日

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【連載】富裕層ビジネスの世界 新型コロナで事業や事業承継に乗り出す富裕層の「焦り」

画像はイメージです。 Photo by Alexander Kaunas on Unsplash

新型コロナをきっかけに夢の実現を

世界中が新型コロナショックに揺れていた昨年3月。ファミリーオフィスを運営している百武資薫さんの下に、ある相談が寄せられた。

「こんな時だからこそ、長年の夢を叶えたい。一緒にやってもらえないだろうか」

東南アジアのある国に30年前から不動産を保有し、現地でホテルも経営している実業家の男性は、現在74歳。数百億円の資産を保有している超富裕層だ。10年くらいから前から経営の一線から退き、悠々自適な生活を送っていた。毎朝、ジョギングをした後にヨガに興じ、週末にはゴルフを楽しむ。誰もがうらやむような、そんな生活を送っていたにもかかわらず、新型コロナをきっかけに、男性の心境は一変した。

「新型コロナのインパクトは大きく、社会や経済だけでなく、人々の価値観自体が大きく変わるだろう。私もそんなに先も長くないだろうし、今こそ長年の夢を実現させたいんだ」

男性の夢、それは、東南アジアに保有している広大な土地を活用し、リゾートを開発するというもの。「いつかできればいいなぁ」といった漠然とした思いから、「今しかない」へと、大きく気持ちが変わったというのだ。相談を受けた百武さんは、「新型コロナで世界中が混乱しているさなかに大変なことですよ」と諦めさせようと説得を試みたものの、男性の気持ちは変わらなかった。「そこまで思いが強いなら…」。百武さんは、男性の夢を実現させるため、協力することにしたという。

土地はあるが、リゾート開発のノウハウは乏しい。しかも、男性の夢は大型リゾートの開発ということもあって簡単ではなかった。そこで、百武さんはこれまで培ってきた人脈を駆使し、世界中のホテル運営者や、開発業者などを当たった。

とはいえ、新型コロナでリゾート業界も大打撃を受けており、開発どころではない。そのため、交渉は困難を極めたという。しかし、世界的なチェーンが興味を持って、「話を進めてもいい」と言ってきたという。新型コロナの影響で、現地視察もままならないばかりか、チェーンとの話し合いも全てオンラインで。そういう意味で、通常の交渉のようにスピーディーには進まないものの、休み返上で打ち合わせを重ねた。

「私に残された時間は長くない。早く夢を実現させるため、1日でも早く収束してほしい」

男性はそう語り、夢の実現に向けて、以前にも増して精力的に動いているという。

 

コロナショックで「時間」を意識

今回の新型コロナ騒動は、人々の価値観を大きく変えている。飲食店を中心に多くの店舗が営業を自粛、働き方もテレワークへと移行するなど、仕事や生活の根底が覆ってきているからだ。しかし、富裕層はちょっと違う。もちろん、こうした悩みも抱えてはいるのもの、「時間」というものをこれまで以上に意識するようになっているのだ。

リゾート開発の夢を実現しようとしている男性のように、高齢の富裕層は「残された時間」を意識し始めた。「いつまでも元気だと思い込んでいたが、志村けんさんなどの死去を目の当たりにして、“死”というものが現実味を帯びてきた。感染したら突然、死んでしまうことも大いにあり得る話で、いつまで生きられるのか分からないと思うようになってきた」(別の富裕層)というのだ。

そのように考えたとき、「感染した方々には申し訳ないが、ピンチだがチャンスにもなると考えるようになった。自分の人生を振り返ったとき、まだまだやり残したことがあり、それをかなえるチャンスだと思うようになったのだ」と前述の富裕層は語る。

 

相続や事業承継に乗り出す人も

時間を意識し始めたのは、高齢の富裕層だけではない。百武さんのもとに、30代の若き経営者から連絡があったのは、今年に入ってのことだった。「新型コロナショックの影響で、事業が思わしくなくなってきた。しばらくは騒動も長引きそうだし、やっておくべき事を早めにやっておきたいと思うようになったので、手伝ってもらえないか」

この経営者は、親の会社に入社。親は会長となって、今は社長を務めている。数十億円規模の資産はあるものの、新型コロナには勝てずに事業が滞り始めたという。そんな経営者の悩みは「相続」と「事業承継」。前々から「きちんと親と話し合わなければならないなぁ」と思っていたものの、親が元気だったこと、そして会社の経営も順調だったことから、先延ばしにしていたのだ。ところが、最近、親も年を取って病気がちに。そんな折に、コロナショックが起き、「いつまでも先延ばしにするわけにはいかない」と考えるようになったという。

「親がいつ亡くなってしまうか分からないし、私だってコロナにかかるかもしれない。会社も苦しくなり始めたが、今ならまだ持ちこたえる時間もある。だから、早めにやっておこうと思った。以前は、親をどう説得しようかと悩んでいたが、コロナ騒動の中であれば親も納得してくれると思い、正面から当たってみることにしたのだ」

ファミリーオフィスにとって、相続や事業承継は腕の見せ所。ただ、新型コロナや、親の健康状態を考えると、残された時間はそんなにない。そう考えた百武さんは、すぐさまこの経営者と話し合い、親である会長との面会の時間を持った。幸い、親も「そんなに時間はないから、もう先延ばししてはいけない」と考えていたようで、話し合いはスムーズに進んでいるという。

新型コロナに伴って、富裕層が時間を意識し始めたことについて、百武さんは次のように語る。

「持っている資産が大きいだけに、相続や事業承継は大変だし、どうしても時間がかかってしまう。親が元気なうちは先送りにしがちだったが、新型コロナによって“死”というものが自分事になってきて、富裕層たちも動き始めたのだ。社会や生活が激変する中で、こうした流れは加速することはあっても、止まることはない」

大きな資産を保有し、安定していた富裕層も、心境が変化し、行動を起こし始めた。それぐらい、今回の新型コロナはインパクトが大きいものだといえよう。