5年後の“未来定番”を提供 大丸松坂屋がVTuber事業で目指すもの
大丸松坂屋百貨店が、Vチューバー(バーチャルユーチューバー)事業を立ち上げた。昨年末からタレントオーディションの募集を始め、現在は今春の始動に向けて審査を進めている。目指すのは百貨店のマスコットキャラクターではなく、配信やイベントで収益を上げる“本物のVチューバー”だ。百貨店を「新たな流行やトレンドを発信する場」と捉え、それをデジタル領域で具現化することを目論む。
デジタル事業のノウハウを強みに参入
同社がVTuberプロジェクト「EchorVerse(エコーバース)」の立ち上げを発表したのは、昨年11月。これまでインフルエンサー事業やメタバース事業を手掛けており、その経験を生かせると考えた。21年に始めたインフルエンサー事業は自社で動画制作、アカウント運用をしている「おかたべ OKATABE」のTikTokのフォロワー数が21万人、YouTubeチャンネルの登録者が30万人を突破。23年10月に開始した、メタバース空間で使える3Dアバターの販売も順調に推移している。
こうした事業を手掛ける中で、Vチューバーの存在に着目。2Dまたは3Dの「アバター」で動画配信をするVチューバーは、若年層を中心に人気が高まっている。矢野経済研究所の調査によると、22年度のVチューバー市場は前年度比67.7%増の520億円、23年度は53.8%増の800億円(23年度は見込み値)に上る。
大手としてANYCOLOR㈱が運営するバーチャルライバーグループ「にじさんじ」、カバー㈱が運営する「ホロライブ」などがあるが、参入の余地はあると判断した。「インディーな事務所に属している人や個人で活動する人は多いが、フォローやプロデュースが十分受けられていない。そこに我々のデジタル領域の事業や、企業経営のノウハウを生かせば行けるのではと考えた」と本社経営戦略本部DX推進部部長デジタル事業開発担当の岡﨑路易氏は説明する。
事業の責任者を務める、本社経営戦略本部DX推進部部長デジタル事業開発担当の岡﨑路易氏
選考のポイントは「偏愛力」「人間力」
収益獲得まではインフルエンサー事業などの経験を踏まえ、3年間を見込む。今回のオーディションで一期生として1~2人を採用し、ライブ配信や音楽活動など、Vチューバーとして「王道」な活動内容を予定する。ただし、すでに市場におけるVチューバーの数は多く、個性も必要となる。そのためオーディションでは「マニア」や「偏愛」要素も重視。仕事に対して真面目に取り組める「人間力」も確認する。
オーディションは昨年11月29日~1月22日の約2カ月間受け付けたところ、300近くの応募があった。書類審査や実際に配信をする審査、面談などを通じて選考している。「トークや演技、歌のうまい人もいるし、好きなことを語りだすと止まらない偏愛力の高い人もいる。当初はどれほど応募があるか心配だったが、ほっとしている」(岡﨑氏)
事業を主に担当するのは、松坂屋名古屋店で同店公式アンバサダー「松坂屋三兄弟」(現在は活動を終了)を運営した経験を持つ、春田真里奈氏。以前からVチューバー事業を行いたいという熱意があり、参加することになった。インフルエンサー事業チームのスタッフも参加するほか、プロデュースやマネジメントに関しては外部のアドバイザーを入れることを検討している。
アバター製作には、バーチャルタレント「キズナアイ」などを手掛けたイラストレーターの森倉円さんを起用した
流行の発信地としての百貨店へ
百貨店のVチューバー事業と聞くとやや突飛な発想にも思えるが、同社が事業に向ける熱意は本物だ。岡﨑氏は「当社の歴史を振り返ると、伝統だけでなく常に新しい文化を発信していた。大丸は江戸時代、それまで身分の高い家だけが使っていた産着を一般大衆に広めた。昭和には日本で初めて海外デザイナーと提携し、クリスチャン・ディオールと独占契約してファッションショーを開催した。当事業はその延長線」と語る。
同社はビジョンに「5年先の『未来定番生活』を提案する。」を掲げ、5年後の未来に定番となるような生活スタイルや体験を提供するキュレーターを目指している。Vチューバーは今は新興の若者文化だが、これからさらに発展し、定番化する可能性は高いとにらむ。
「Vチューバーは将来的に『Vチューバーというカテゴリーの有名人』ではなく、リアルで顔出しする人と同じように、1人のアーティストとして認められる時代になると考える。当事業も最初は『○○系Vチューバーと言えばこの人』のポジションを目指し、次に『○○系と言えばこの人』を目指す。最終的には様々なクリエイターとコラボし、情報やトレンドを発信する存在へと成長したい」(岡﨑氏)
昨今のトレンドはSNSなどインターネットが発信地になることが多い。大丸松坂屋百貨店のVチューバー事業は、“トレンドの発信基地”としての百貨店を復権させる試みにも見える。
(都築いづみ)