“黒KANEBO”、躍進の秘訣は「希望の発信」と「未来への提示」
百貨店の化粧品売場で存在感を際立たせるブランドがある。花王グループのカネボウ化粧品が手掛ける「KANEBO(カネボウ)」だ。一般的な化粧品のブランドが「美」を追求する中、「希望を発信する」と掲げた、2020年のリブランディングが奏功。自らの目や唇、肌などを愛せるようになる、つまり希望を持てる革新的な商品を打ち出して化粧品市場を席巻し、黒に統一されたパッケージから“黒KANEBO”の愛称で親しまれるようにもなった。売上げは右肩上がりを描き、2024年度(24年1~12月)も前年の1.3倍超で推移する。躍進の背景と秘訣を、木津裕美化粧品事業部門プレステージビジネスグループKANEBOブランドマネジャーに尋ねた。
――あらためて、リブランディングの背景と狙いは何だったのでしょうか。
ラグジュアリーブランドには「百貨店にしかない」「高級」といったイメージがありますが、KANEBOでは「みんなのもの」としての風を吹かせたいと考えました。(カネボウ化粧品はKANEBOをグローバルプレステージブランドと位置付けるが)良い意味で親近感が高まれば、新しいお客様との出会いも増えます。
――新しいブランドメッセージ「I HOPE.」も良い意味で異彩を放ちました。
新生KANEBOは「美ではなく、希望を発信するブランド」であると示しました。化粧品は、ともすれば「美しくならねばならぬ」という義務感、あるいは強迫観念にとらわれがちですが、(国内外で暗い話題が多く)自己肯定感が上がらない時代だからこそ、希望は大事です。
ただ、従来のブランドに慣れた「ブランド エバンジェリスト」(=美容部員)にとって、希望という言葉は漠然としていて、分かりづらいかもしれません。一方で、ブランド エバンジェリストがブランドの使命をきちんと理解していなければ、お客様に熱量が伝わりません。そこでブランドメッセージを直感的に理解できるビデオを制作しました。
――「私達は化粧品を売っているのではない。希望を売っている」という言葉が印象的かつ象徴的です。この確固たる指針の下、スキンケアやメイクアップの新商品を投入し、朝用クリーム「クリーム イン デイ」、洗顔料「スクラビング マッド ウォッシュ」、美容液ファンデーション「ライブリースキン ウェア」、リップカラー「ルージュスターヴァイブラント」、化粧水「スキン ハーモナイザー」などがヒットしてきました。商品開発のポイントは何でしょうか。
全てにKANEBOらしいパーパスの想いを込めており、(パッケージなどに使用する)黒色にもこだわっています。世の中に存在する色を全て混ぜると黒色になるとされており、多様性を表現しました。カテゴリーの固定概念を打破する“パーセプションチェンジ(=消費者の認識を変化させる)”もカギで、肌の状態や老いなどに対する不安や恐怖を煽るアプローチではなく、明るい未来を提示できるようにしています。
分かりやすく説明します。ベースメイクであれば、例えば「素肌に自信がなくなった人」がいるとして、KANEBOは「素肌をつくる」という発想を基に、素肌のアラなどと戦う商品ではなく、まるでその人自身の素肌に成り代わるように“素肌に化ける”商品を提供します。使った人が「今の肌が大好き」と思えることを重視しています。ポイントメイクであれば、「自分の目だからこそ、こう美しくできる」など使った人の“パーツ愛”を育む、自信を宿す商品を提案するのがKANEBOです。
――ルージュスターヴァイブラントはキャッチコピーの「そのルージュは、黙らない」も話題になりましたが、木津さんの説明とリンクしますし、リップカラーにおいてパーセプションチェンジが起きたのでしょうね。ヒット商品が相次ぎ、売上げも伸びていますか。
リブランディングから右肩上がりで、24年度の売上げは前年の1.3倍超です。化粧品のプレステージ市場においては、新商品の大ヒットをフックにして各カテゴリーで存在感が際立っています。
――躍進とともに、黒KANEBOの愛称が定着しました。その由来は何ですか。
始まりは、ジャーナリストの集いで「黒KANEBO」や「黒KANEちゃん」と呼ばれ出していると聞きました。愛称で呼んでもらえるのは愛着の表れだと感じ、とても嬉しく思っています。今やX(旧Twitter)などのSNSで「#黒KANEBO」が使われており、いわゆる「発話量」は23年度に前年比79%増、今年1月には同252%増を記録しました。いずれもオーガニック投稿です。
――なぜ、愛着や声援が集まると考えていますか。
希望の発信、未来への提示ではないでしょうか。前者であれば、スキン ハーモナイザーの「“悪玉化する皮脂”をトラップする(肌への浸透を阻害する)」、ルージュスターヴァイブラントの「生命感ラスティングルージュ」(=生命感があふれる、鮮やかで脈打つような仕上がりが長時間続く)が、後者であればルージュスターヴァイブラントの「そのルージュは、黙らない」、ライブリースキン ウェアの「素肌に化ける」、スキン ハーモナイザーの「闘う化粧水」が、それぞれ代表的です。
前提として、ある調査で「約7割の人は3カ月の間に何らかの肌不調を感じている」という結果が出ました。そしてそれが1カ月、半年も続くこともあります。大半のお客様は保湿して祈るようにひたすら復調を待つと思いますが、孤独ですし、生活の質が落ちてしまう可能性もあります。そうしたお客様が、前向きに肌のトラブルに攻めのスキンケアをする技術とマインドを提案して「みんなで闘おう!」というメッセージを発信しているからこそ、愛着や支援が集まるのではないでしょうか。「未来への提示コミュニケーション」で、パーセプションチェンジに成功できたのではないかと感じています。
もう少し具体的な工夫を挙げると、拭き取り化粧水「ラディアント スキン リファイナー」では「つるん」でなく「ちゅるん」という言葉を使いましたが、角質を除去するのではなく、中から肌を脱ぎ変えるようなイメージを強調するためでした。
希望の発信、未来への提示が共感を呼び、ブランドの新しいお客様、化粧水カテゴリーの新しいお客様が急増中です。
――9月6日には、美容液「フュージョニング ソリューション」を発売しました。
目指したのは“幸せ肌”です。人が幸せを感じた瞬間に輝く肌、さらにはその人の輝きをイメージしながら、肌印象のキーとなる「キメ」「ツヤ」「うるおいに満ちた明るさ」「なめらかさ」の4つに特化して設計しました。事前予約が過去最高を記録し、発売後も沢山の反響をいただき、大変順調に推移しています。この美容液が、日々を楽しく過ごしていくきっかけになれたらと思います。
一方で、ブランドを成長させていくため、店頭でのお客様との接点をとても大切にしており、希望を感じていただけるようなわくわくする空間を目指しています。
――今後の計画は。
25年度、26年度も既存のスターアイテムを育成しながら、新商品を積極的に投入して攻勢をかけていきます。KANEBOだからこそできる商品を提案していけるよう、ブランドメンバー、研究チームと連携して開発していきます。
商品の一つ一つに魂を込めて、未来への提示コミュニケーションを継続した先に、ブランドの愛用者の輪が広がっていくと信じています。私は「沼ってほしい」(=「沼る」はスラングで、底なし沼に浸かるくらい、のめり込む様子を指す)という言葉を用いますが、お客様がそれくらいハマってしまう商品をこれからも生み出し、次々と黒KANEBOに愛着を持って、ファンになっていただけたらと思います。
(聞き手:野間智朗)