2024年11月28日

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新体制の近鉄百貨店、まずは現中計の目標達成に全力 梶間社長に聞く

風通しの良い風土をつくるため、社員には「“聞く力”を強めてほしい」という

近鉄百貨店にとって2024年度(24年3月~25年2月)はターニングポイントだ。あべのハルカス近鉄本店が3月7日に開業10周年を迎えたほか、5月23日付で梶間隆弘取締役常務執行役員が社長に昇格。中期経営計画の最終年度に新体制が始動するのは異例だが、長くフランチャイズ事業や営業政策全般を主導してきた梶間社長の下、さらなる成長を目指す。その梶間社長は「まずは中計の目標(営業利益が65億円、当期純利益が40億円、ROEが10.0%以上、ROAが5.0%以上)を達成して、次の中計につなげていく」と冷静だ。大風呂敷を広げるタイプではない。引き続き旺盛な高額消費、増加の一途をたどるインバウンド(訪日外国人)を追い風に、足元の業績は好調だ。数年来の構造改革を経て、全店舗の営業黒字化も達成した。しかし、高額消費やインバウンドは“青天井”ではない。全国的な人口の減少も、顧客基盤を弱らせ、収益力を押し下げていく。とりわけ地方・郊外店の経営は難しさを増す。迫り来る荒波を、どう乗り越えるか。梶間社長に尋ねた。

注)インタビューは7月2日に行われた。

――社長就任の打診は、いつ頃でしたか。

社長交代は4月10日に発表されましたが、打診は3月の終わり頃と記憶しています。そもそも当社は間際での打診が多く、かつて四日市店長に任命された時も内示は1週間前くらいでした。ただ、店舗などが近畿圏に集約された企業であり、(打診や内示が遅いのは)どこに異動しても通えなくはないからです。

話を社長就任の打診に戻すと、晴天の霹靂(へきれき)でした。秋田拓士社長(当時、現在は会長)に「話がある」と社長室に呼ばれ、そこで「次期社長に指名した」と言われました。中期経営計画の最終年度でもあり、社長が交代するとは思っていなかったので、びっくりしました。あらためて理由を推察すると、(秋田氏が社長に就任した2019年5月23日から)5年という節目に対する想いがあったのかもしれません。「考えさせてほしい」と言いましたが、1時間くらい話すうちに覚悟を決めました。

私は23年5月に取締役に就いた際、後輩達に良い形で引き継ぎたいと思っていましたが、秋田社長もコミュニケーションの中で「(経営陣は)バトンランナーだ」と言っており、その言葉に共感していましたし、良いバトンランナーになりたいと常々思っていました。ずっとFC事業や営業政策全般に携わってきて、好きでしたし、まさに小売業という仕事でやりがいがあり、責任感も持っていましたが、最終的には「秋田社長の想いに応えなければならない」と思うに至りました。

――秋田会長との印象的なエピソードはありますか。

実は通勤の経路が一緒で、最低でも1週間に1日か2日は同じ特急電車で帰ります(笑)。必然的にコミュニケーションや情報の共有は多く、密でした。特急電車には1時間半ほど乗りますが、うち40分は秋田社長と一緒でしたからね。ベースの情報はあったので、このタイミングで社長を交代するという判断が、腑に落ちやすくもありました。

大切にしていきたいことについての共通項も多いです。例えば、現場や社員を大事にする。あるいは、トップ自らが現場を回る。凄く共感しますし、私も実行していきます。

――社員に対して、どのように所信を表明しましたか。

24年度は中計の最終年度です。まずは目標を達成させて、次の中計につなげていきます。次の中計は非常に重要と捉えており、その理由は百貨店業界の二極化です。アフターコロナを迎え、大都市と地方・郊外では店舗の業績に明確な差があります。当社は大都市にも地方・郊外にも店舗を擁しており、それぞれの生存戦略を講じなければなりません。その柱については目下議論していますが、やはり当社の強みは「近鉄グループ」です。近畿圏の人々のロイヤルティが高く、特に地方・郊外店は「エリアで商売している」とも言えます。各地域で(店舗の個性を)どう光らせていけるか。それを追求していきます。

3月7日に開業10周年を迎えたあべのハルカス近鉄本店は、先輩諸氏が築いてきた「ランドマーク」です。ビルとしての高さは日本一でなくなりましたが(昨年11月24日に開業した麻布台ヒルズ森JPタワーが約330mで日本一、あべのハルカスは約300m)、名前は国内外で広く知られ、大きな存在感を放っています。それを進化させていくのが方向性です。どう価値を最大化できるか――。1番に考えたいですし、総力を挙げます。

総力という意味では、組織を変えました。人財や知見を結集し、あべのハルカス近鉄本店の進化に集中させます。それが実現すれば、横展開して地方・郊外の店舗を活性化させられますし、屋台骨がしっかりしなければダメなのです。

盛況だった、あべのハルカス近鉄本店の開業10周年セレモニー

――あべのハルカス近鉄本店の進化、価値の最大化について、もう少し具体的に教えて下さい。

まずは商品です。お客様に喜んでもらえる商品を、どう揃えるか。そこに環境やサービスなどを加えていきます。接客や外商もセットです。人財の育成、組織の活性化にも投資します。

商品についてもう少し掘り下げると、例えばラグジュアリーブランドの集積は“後発”ですが、訪日外国人のニーズは旺盛ですし、競合するキタやミナミの百貨店との売上げの差はラグジュアリーブランドのラインナップの差とも捉えられます。国内外のお客様から求められているのは間違いなく、少しずつでも拡充しており、24年度中にはタワー館の1階が全てラグジュアリーブランドで構成される計画です。さらなる強化に向けては面積が狭く、違うフロアへの誘致も検討しています。

ラグジュアリーブランド以外では、強みである「食」はキタやミナミの百貨店と真っ向勝負です。(感度などを)尖らせるべきは尖らせて、目当てに来店してもらえるコンテンツを開発および充実させていきます。これは食品売場に限らず、レストラン街も含めてです。百貨店への信頼、期待に応えるべく、走り続けます。

――レストラン街はコロナ禍で夜の需要が落ち、百貨店業界として厳しい状況です。

バリエーションが揃っていて、時間消費したくなる店舗があれば、目掛けて来てくれると思っています。確かに夜はコロナ禍前に比べてシュリンクしていますが、ランチやアフタヌーンティーは、まだまだやりようがあるのではないでしょうか。

――食品にも利益率の低さという問題が横たわります。

ポイントは、売上げだけを追うのではなく中身、すなわち「食品で収益力が上がるモデルづくり」です。一般的には「集客装置で利幅が小さい」といわれる分野ですが、FC形式や自主編集で収益性は高められます。当社にとってFCの第1弾に当たる成城石井が象徴的で、約8年間に亘り培ってきたノウハウを生かして運営方法がブラッシュアップされており、利益は年々増えています。オープンした直後は薄利といわれても仕方ない数字ですが、習熟してくると利益は安定していくのです。アンデルセングループのタカキベーカリーとの協業で運営するベーカリー事業「ブロッドン」は、我慢し続けて花が開きました。

――「近鉄百貨店といえばFC」といわれるくらい、今では多くの業種を抱えます。資料によると6月12日時点で25業種・68店舗を数えますが、いずれも順調ですか。

そもそも「地方・郊外百貨店をどうするか」がFCのスタートです。実際、多くのFCが地方・郊外店で立ち上がり、あべのハルカス近鉄本店に“逆輸入”されています。地方・郊外百貨店の業績が厳しい中、約3万㎡の中核店には数百人の社員がいます。その雇用を維持するためには、店舗の活性化が不可欠です。中~上層階に自主編集売場を残すのは難しく、テナントやコミュニケーション施設、行政施設などを誘致し、下層階に社員を集結させて集客力を高めていきます。

FCには、他にもメリットがあります。テナント形式では条件などが合わず、入ってもらえない取引先も、FCであれば可能かもしれません。テナント形式にせよ、FC形式にせよ、お客様にインパクトを与えられるのは、パイの大きい食品の有名なブランドです。成城石井が、まさにそれですね。インパクトを与えられるブランドがあれば、商圏人口が減っても来店頻度で売上げをカバーできます。

食品に手を加えて、ある程度「いける」と思ったら、次は生活雑貨です。衣料品よりも買上げ頻度が高いからで、具体的にはハンズの名前が挙げられます。とはいえ、ハンズの出店はエリアが限定されており、当社の店舗に誘致する場合、地方・郊外百貨店に合う新しい業態を開発しなければなりません。ゆえに「地方共創」をテーマに、通常の500坪より小さい250坪で、イベントスペース「伝え場」なども設けた「プラグスマーケット」を、草津店や四日市店、橿原店、上本町店などに順次開いてきました。いずれもトラフィックが良い場所に構え、より収益を確保しやすくしています。

上本町店の「プラグスマーケット」

生活雑貨に続いて「もう1歩、暮らしの役に立つ便利なモノは」と考え、導き出した答えがドラッグストアです。コクミンと協業し、上本町店、あべのハルカス近鉄本店、生駒店に「コクミンドラッグ」を設けました。販売員の育成に時間がかかるため、簡単には出店できませんが、来春には2店舗を増やし、計5店舗となります。

いずれにせよ、FCのキーワードは「デイリー」です。デイリーでもファッションを手掛けていないのは、在庫のリスクもあるからです。

FCの売上げ目標(24年度末で150億円)は1年前倒しで達成できました(23年度末は153億円)。では、次の中計にどういう目標数値を出すか――。これまでは規模を追い、色々な事業にチャレンジしてきましたが、現時点で25の業種がある中、強いものはより強く、立ち止まるべきは立ち止まるという整理をしています。端的に言えば、量から質への転換です。

地方・郊外店は社員の再配置に取り組んできたため、数が逼迫(ひっぱく)しています。社員は1人、そのほかは非社員で運営する方法も次の中計では増やしていきます。社員に違うチャレンジを促せますし、利幅も大きくなりますからね。

FCの責任者は経営の経験を積めます。それを生かし、あべのハルカス近鉄本店の自主編集売場で活躍してもらいたいです。FCは、そういうステージに至っています。

――地方・郊外店は「タウンセンター化」を掲げていますが、どのようにして存続させますか。

実は全店が営業黒字化されました。問題は、どう安定的に営業黒字を出し続けていけるか、です。(人口減少下で)トップラインはよくて現状維持、普通なら微減でしょう。概ね30~50万人の商圏ですが、いかに地域のニーズをくみ取って売場などで反映させ、来店頻度を上げられるか。それが生き残るためのカギです。食品のポップアップストアが非常に重要で、新規開拓にはかなり力を入れます。地方・郊外でも「デパ地下」に対するロイヤルティ、信頼は高いですからね。

プラスして、FCで稼ぎます。地下1階から地上3階くらいまでで、どれだけお客様に合う品揃えができて、利益を出せるかを追求しなければなりません。まだまだ地方・郊外には近鉄百貨店に足を踏み入れていない方がいます。大型専門店も選択肢の1つですが、来店の動機となるモノやコトが必要です。例えば奈良店には行政施設が入っていますが、そこを目当てに来て、帰りに食品売場などで何か買ってもらえれば、顧客化のきっかけになります。来店の動機になるモノやコトを用意するためにも、もっともっとお客様の声を集めていきます。

今の世の中、存在し続けることが地域貢献、社会貢献につながります。これから全国でコンパクトシティ化は加速していくでしょう。駅前回帰も強まるはずです。全店舗が駅直結か駅前の当社にとってはメリット、強みとなります。だからこそ、地方・郊外店はより地域のニーズに応えていきます。

――近年は人手不足が深刻化しています。百貨店に限らず小売業は「土日に休めない」「拘束時間が長い」などを理由に若年層から敬遠されがちです。優秀な人財を採用し、長く働いてもらうためにはES(従業員満足度)の向上も求められます。

社長に就いて各店を回り、幹部と共有したのは「現場力こそが競争力の源」です。ESの向上には、待遇の改善など様々な手がありますが、社員の一人一人がチャレンジできる環境の整備も大切ではないでしょうか。あべのハルカス近鉄本店のウイング館2階に4月17日にオープンした「カフェ オッテ」は、社員にコンセプトワークから決めてもらい、店長として運営させています。アンデルセングループのタカキベーカリーとの協業によるFCですが、こうした環境や流れをFC以外でもつくっていきます。

社員がコンセプトワークを決め、店長も務める、あべのハルカス近鉄本店の「カフェ オッテ」

大事なのは、風通しの良い風土づくりです。誰かのチャレンジを自分事として捉えられる風土が理想です。それを根底にしたいからこそ、私は現場を回ってコミュニケーションを繰り返しています。そういう機会をなかなかつくれていなかったのが、当社の課題です。

私は「“聞く力”を強めてほしい」と話しています。言いっ放しはコミュニケーションではありません。客観的に人財は揃っていると思いますし、「近鉄」に対するロイヤルティの強みも感じています。だからこそ、社員のコミュニケーションを活発化させ、風通しの良い風土の造成を急がなければなりません。

近年は「実家を離れたくない」という若年層が多いです。近畿圏のみでビジネスを展開する当社にとっては追い風ですし、FCが認知されるにつれて「やりたい」と就職試験に臨む学生も増えてきました。人手確保という点で心強い傾向です。

(聞き手:野間智朗)