松屋浅草店が発揮するローカリズム、地場産業の活性化で存在感高める
松屋浅草店は10~16日、「したまち小粋マーケット」と「江戸まち食通マーケット」を初開催した。「ニューーーアサクサ」と銘打ち、靴やバッグなどの革雑貨や帽子から、菓子やパン、佃煮といったグルメまでをラインナップ。台東区を中心とした歴史ある工房やメーカー、新進気鋭の人気店が出店し、ものづくりの街の魅力を発信した。集客にも成功し、売上げは予算比208%を記録。「我々の想定を大きく上回り、多くのお客様が来店された」と、松屋浅草店営業部部付主任の木村陸人氏は手応えを得る。銀座店とともに「東京ローカルの百貨店」を掲げる松屋。浅草店はその名の通り、圧倒的なローカリズムを発揮できる基盤を持つ。地域に根差した店舗運営を土台に独自性を強め、新たなマイストア化へ歩を進める。
したまち小粋マーケットと江戸まち食通マーケットは、台東区の「台東ファッションフェア実行委員会」が主催するイベント。これまで上野駅のコンコースや上野公園、東京駅構内のイベントスペースなどで実施してきた。今回、台東区の産業を底上げするという観点から、浅草店初となる同時開催が実現した。これには台東区が目指す「地場産業の底上げ」と、浅草店が目指す「商圏拡大」と「行く理由のある店」の2つのコンセプトとが合致したことが大きな理由。
商圏の拡大について木村氏は「今までは『マイタウン、マイストア』を掲げ、地元密着型百貨店として営業してきた。そうした中、時代の流れもあり、今後は地元顧客も大切にしながら観光客への対応を広げていくのは必要不可欠」と話す。現在、空前のインバウンド効果で都心部の百貨店がこぞって好景気に沸く中、国内の人達にとって百貨店の位置付けは昔とは異なってきていると状況を捉える。
そのため、さらに重要視するのが、行く理由のある店の実現だ。「県外のお客様も含めて、浅草下町にある松屋浅草を『行く理由のある店』として捉えていただけるよう、独自性のある商品やサービスを提供していく」と意気込む。こうした浅草店のコンセプトと台東区の目的、双方のニーズが合致し「当店がバックアップを名乗り出て開催が決定した」(木村氏)。
イベントは同店1階正面口前の「スペース・オブ・アサクサ」で催された。したまち小粋マーケットは、同店初登場の4店を含む11店の出店。台東区が誇る皮革産業を支える、職人の手技が光る靴やバッグ、財布やベルトなどが並んだ。浅草に工房を構える靴ブランド「U-DOT」は、一枚皮から一足一足手作業で制作している。裏地の無いつくりで足にフィットして軽く、デザイン性も備える。革の種類や色、ソールや金具などを選んでカスタマイズもできる。区内に実店舗のあるバッグブランド「MUZICA VITA(ムジカヴィータ)」は、なめした豚革にエナメル加工を施した鮮やかなカラーのトートバッグや、コンパクトな牛革のハンドバッグなどを販売。仕立てや縫製の美しさに加え、使い勝手の良さでも好評を博した。出店したメーカーは普段、海外ブランドとの技術提携によるOEMを手掛けており、こうしたイベントへの出店はそうないという。商品の質の良さに対し、リーズナブルな価格設定も客の購買意欲につながり、売上げも好調に推移した。
江戸まち食通マーケットは、百貨店初3店と同店初1店を含む5店が揃った。「四代目大野屋氷室」の飲むタイプのかき氷「Chururu Shaved Ice」は、猛暑だった期間中の来店客を吸い寄せた。街を歩きながら食べられる手軽さも受けたようだ。「金太郎飴本店」の金太郎飴は、日本ならではのビジュアルがインバウンドの心を掴んだ。低単価で日持ちするため何袋も購入する客がいたほどで、土産需要の取り込みに成功した。
親子三代で営む浅草の「佃煮処 千草屋」も百貨店初登場。95歳ながら現役で調理場に立つ“おばあちゃん”店主が、期間中、突如店頭に姿を見せたところ一気に人だかりができた。握手や写真撮影を求める人達で賑わい、それを知った客からは「次はいつ来るのか」と問い合わせが殺到した。「我々にとっては想定外の出来事」(木村氏)とうれしい悲鳴を上げる事例は、まさに人が人を呼ぶ、下町浅草の骨頂でもある。こうした老舗以外にも、23年にオープンした和カフェ「issacom」が販売したどらやき「モチドラ」は、1日70~80個売り上げる日もあった。
初日はすでに開店前から客が待つ状態。期間中はリピート客も見られた。松屋銀座店でも出店したことのある雑貨ブランドのファンが足を運んでくれたり、普段は直営店に行っている客が来店してくれたりと、横のつながりによる集客も特徴的だった。
今回のイベントの盛況ぶりを、木村氏は「ものにフォーカス、ものづくりという目線での品揃えは今までなかった。それがこうして一堂に集まるのは見応えがあり、ものづくり、手仕事に関心がある人に“刺さった”。自分の家の近くに『こんな良いお店があったんだ』『今度行ってみようかな』という新しい発見もあり、地元を回遊していただく良いきっかけになった」と振り返る。今回のイベントの狙いの1つでもある、「地域とのつながりを紡ぎ、新しい価値・みどころを発信」に成功した。
下町の魅力に触れ、新しい発見を得た客が多くいた一方、出店側にとっても貴重な経験となったようだ。今回、革製品を販売したメーカーはOEMでの制作がほとんどで、通常客と接することはめったにない。今回出店者と共に店頭に立つ、株式会社上野兄弟社代表取締役の赤尾清香氏は「顧客が望む商品があっても、次のシーズンにはないというブランドも多い。良い商品が埋もれていき、売れ筋でもなくなってしまう可能性がある。そのため職人の手が空いてしまうことにもなる。職人を残していくという意味では、製造メーカーが直接お客様に販売できるのは、経験も生かせるし直接意見もいただけるので、良い商品を残していける大事な機会」と口にする。
こうした場があることで、リピーターの要望に応えられてブラッシュアップできる、すなわち良い商品を残すことができるという。赤尾氏は台東区で生まれ育ち、皮革製造業に10年勤めた。現在は台東区役所の産業振興イベントに関わるなど、運営をサポートする業務に努める。木村氏も「これだけ素晴らしい技術を持った職人の方がいることを知る機会が少ない。それをここで店を構えている我々がハブ役として掘り起こしていく」と意欲を語る。
今回のイベントの成功事例を踏まえ、木村氏は「今後こうした地元の地場産業やものづくり(に関する企画)に取り組んでいくに当たり、良い弾みが付いた」と述べる。そして「当社の発信力やこうしたスペース、知見を生かして、地域に貢献していく意味でのハブ役となり、皆がうまくまわっていくサイクルをつくりたい。地元のために、地元の事業者の方達を我々の目線で広くお客様に紹介していけるストアにしていく」と力を込めた。
(中林桂子)