2024年12月22日

パスワード

購読会員記事

創意工夫で〝ハートフル〟貫く 京急百貨店

《連載》「ウィズ・コロナ」に求められる安全・安心な買い物環境を提供する百貨店 第6回 京急百貨店

「ウィズ・コロナ」の時代に、どう安全・安心な買い物環境を提供できるか――。百貨店業界の各社は、配慮や工夫に余念がない。消毒、検温、マスクやフェイスシールドの着用、ソーシャルディスタンスの確保など手法は多岐に亘るが、根幹には〝おもてなし〟がある。百貨店業界は常に安全・安心を追求し、おもてなしに昇華させ、信頼を育んできた。そして、最良のおもてなしは時代によって形を変え、ウィズ・コロナの時代にも適合していく。百貨店で買い物を楽しむ人々に、〝百貨店流のウィズ・コロナ〟を発信する連載の第6回は、京急百貨店だ。緊急事態宣言下では従業員をA班とB班に分け、どちらかに感染者が出ても別の班で営業を継続できる体制を採ったり、店内で販売した衣服の〝お直し〟を担当する修理加工室に後方部門の社員が使う布マスクの作製を依頼したり、今も従業員が出勤する時間帯に専用の検温所を構えて健康状態をチェックしたり、客と従業員の安全・安心を追求して創意工夫を重ねてきた同社。その裏側を、市川隆史ハートフルサービス推進部部長補が明かす。

 

■地域密着型として、〝インフラ〟担う食品売場の営業は継続

――新型コロナウイルスの感染拡大が本格化して以降、どう対策を講じていきましたか。社内で危機感が強まったのは、いつ頃でしょうか。

「1月下旬には報道が増えてきましたが、当社として危機感を強めたのは2月の下旬です。従業員にマスクの着用を義務化し、海外渡航の自粛も求めました。3月28日と29日には、東京都知事や神奈川県知事による外出自粛要請を受け、営業時間を短縮。通常は午前10時~午後8時ですが、午前11時~午後7時に変更しました。翌週の4月4日と5日は、さらに短縮。閉店を1時間早め、午前11時~午後6時で営業しました」

「営業時間は30分刻みで検討し、まずは午前11時~午後7時と定めましたが、お客様の声や動向を踏まえて午前11時~午後6時に変えました。そして、緊急事態宣言下の4月8日以降は地下1階の食品売場と地上1階の『マツモトキヨシ』など一部のショップに限って午前11時~午後6時で営業。午前10時30分からの営業なども含めて段階を踏んだ後、その解除に伴って6月1日に時短での全館営業を再開しました」

「いずれも、総務部の危機管理担当を中心に、経営陣、お客様の声をフィードバックするハートフルサービス推進部、営業計画部なども交えて対策を講じてきました。会議は基本的に毎週1回ですが、他にも東京都知事や神奈川県知事から新たな要請が出るごとに順次開き、対応を協議しました」

――政府の緊急事態宣言を受け、百貨店業界は概ね「全館休業」と「食品売場のみの営業」に切り替えました。食品売場のみの営業に決めた理由を教えて下さい。

「京急百貨店は地域密着型です。食品売場は『地域のインフラ』であり、お客様に迷惑をかけられません。行政からも生活必需品の販売を求められており、時短での営業を決めました。百貨店業界でも判断は分かれ、お客様の声も『どうして営業するのか』という反対、『営業してくれて、ありがたい』という賛成の両方が届きました。ただ、多くのお客様が毎日のように食品売場を利用します。実際、食品売場のみで営業した期間は、開店の午前11時に行列が生まれました」

――まさに「地域のインフラ」の証ですが、「3密」は防止しなければなりません。行列は痛し痒しですね。

「休業中のフロアの担当者らが応援に回り、行列を整理してソーシャルディスタンスの確保に努めました。食品売場で使う買い物かごの消毒も、休業中のフロアの担当者が手伝いました」

休業中のフロアの担当者が応援に回り、買い物かごを消毒

■社員をA班とB班に〝隔離〟し、片方だけでも営業できるように

――緊急事態宣言下では、従業員の安全も守らなければなりません。感染を防止するための工夫を教えて下さい。

「各売場の事務所での3密を避けるため、社員をA班とB班に分け、交代で出勤するようにしました。この方法であれば、どちらかの班に感染者が出ても、残りの班で営業を続けられます。片方の班だけでも営業できるよう、メンバーのバランスには気を遣いました。A班とB班は全く顔を合わせないので、業務の引き継ぎも重要です。伝えるべき情報が漏れると混乱を招きますし、文章での引き継ぎを徹底しました」

「A班とB班は連携だけでなく、切磋琢磨もしてくれました。例えば、A班が『ロープの張り方を工夫したら、より上手く行列を誘導できた』と書き残せば、B班はそれを参考にしつつ、独自の改善方法を考えてくれました。従業員のチームワークも深まった印象です。2班に分けた結果、従業員の出勤は2週間で7日間ほどに抑えられました」

「もちろん、マスクの着用、検温、消毒、飛沫防止用のビニールシートの設置、ソーシャルディスタンスの確保、換気、現金やカードのトレイを介した授受といった、基本的な感染防止策にも取り組んでいます」

カウンターには飛沫防止用のビニールシートを設置

「中でも7階の総合サービスカウンターでは、6月1日以降に友の会の入金や払い戻しが殺到すると予測し、お客様と従業員の安全・安心に留意しました。従業員からも心配する声が相次ぎ、カウンターには備え付けのアクリルボードを設置。手続きを分散化するため、6月に満期を迎える会員には、できるだけ何日の何時に来て欲しいというダイレクトメールを送りました。強制ではなく、お願いですが、多くの会員が協力してくれました」

――マスクやアルコール消毒液などは、在庫の払底に困る企業が少なくありませんでした。サーモグラフィーもコストがネックになります。

「マスクは、かなりの数を備蓄していましたから、店頭に立つ従業員には1日に1枚を配布しました。ただ、全ての従業員には行き渡りません。そこで、店内で販売した衣料品の〝お直し〟を担当する業者が常駐するバックヤードの修理加工室にガーゼを持ち込み、マスクを作ってもらい、後方部門の社員に配布しました。洗って交互に使えるように2枚です。衣料品の売場は閉じており、業者も快く引き受けてくれました」

「アルコール消毒液は、容器も含めて手配に苦労しました。当時はポンプ式は数が足りず、スプレー式も使っていました。幸い、これまでに培ったネットワークを辿り、在庫は切らさずに済みました」

「サーモグラフィーは、店舗の入口が多く、全てに配置するのは難しい上、お客様の選別にも繋がりかねません。『体温が高い方は来店しないで下さい』と伝えていますが、サーモグラフィーで計測された体温が高くても、病気とは限らないですからね。当社では従業員および来館者の入口に常時設置し、出勤時間には専用の検温所も設けています。社員が手分けして体温を計測し、エレベーターだけでなく、エスカレーターでも店内へ向かってもらい、3密を回避します。手間暇は掛かりますが、今(10月26日時点)も専用の検温所は毎朝設け、終了したら撤収しています。6月1日に全館営業を再開してからも、感染防止策は緩めていません」

――百貨店業界では徐々に大規模催事が再開しており、とりわけ3密の防止は継続的な課題です。

「当社にとって、コロナ禍での大規模催事の第1弾は中元のギフトセンターでした。約200坪の3分の1を待機所に充て、座席の間隔も拡大。ソーシャルディスタンスを確保しました。中元のギフトはインターネット通販サイト『京急百貨店オンラインショッピング(吉日屋)』でも購入できますが、多くのお客様が店頭での〝買い物の楽しみ〟を大事にします。安心して過ごせる環境の提供、〝日常〟を取り戻す努力は不可欠です」

「コロナ禍での初めての物産展は、9月17日~10月1日の『大北海道展』でした。イートインスペースは座席の間隔を十分に広げた上、向かい合わせにならないように席を配してソーシャルディスタンスの確保に努めたほか、空間除菌・脱臭機を備え、平日の比較的空く時間帯に来ると商品の価格を割り引くなどのサービスを盛り込み、ネット通販サイトとの連動も強化。客足が分散されて3密や入場制限は回避され、売上げは前年を確保しました」

――振り返って、最も苦労したエピソードは何ですか。

「どの百貨店も同じでしょうが、状況を正確に把握できない中で、お客様からは営業について賛成と反対の両方が届きました。社内の意見を集約し、最終的には政府や知事の要請に従う方針を固めましたが、『再開しないのか』という声は少なくなく、それに向き合い、説明するためには、多くの時間を費やしました。その最前線に立ったのが、ハートフルサービス推進部です」

――「ウィズ・コロナ」の時代は、まだまだ続きます。

「(コロナ禍における営業で)お客様と直接話す機会が増えて思ったのは、『買い物は楽しい』であり、それを手伝うのが百貨店です。感染防止策、その告知は当然ですが、お客様が日常を取り戻せるように、ギフトセンターや物産展の運営で掴んだ手応えを生かしつつ、京急百貨店の新しい姿を見せていけたらと考えています。10月の売上げは26日時点で目標や前年に対して良い数字で、潮目が変わってきた感もあります」

(聞き手・野間智朗)