人心一新のJ.フロントグループ、にじむ変革と発展への強い覚悟
約3年間――。J.フロント リテイリングは指名委員会を介し、新社長の選定に長い時間を費やしてきた。そして抜擢されたのが、グループの中核を担う大丸松坂屋百貨店で社長も店長も経験していない、小野圭一執行役常務だ。異例にして異色だが、30日に開かれた記者会見で矢後夏之助指名委員会委員長は、小野氏について「グループの多様な部門で経験を重ねてきた。俯瞰する能力を有すると判断した。困難な課題に前向きに取り組む胆力も持ち合わせている。変革、発展には適任」と強調した。新型コロナウイルス禍を経て、人々の生活様式や価値観などは大きく変化。J.フロントも「『完全復活』から、『再成長』へ。」を掲げ、2021年度(21年3月~22年2月)からの中期経営計画で事業の変革を推し進めてきたが、24年度に始動する新中計を見据えた体制の一新からは、さらにアクセルを踏むという覚悟がにじむ。
「従来の百貨店、ショッピングセンターの枠を超えた事業変革が求められている。事業モデルの変革を構想できる強い意志、実行するためのリーダーシップを持つ人物を次期社長として選び出す。それが、ほぼ3年を要したサクセッションプランのテーマ。まず(J.フロントの)あるべき姿を描き出した。次に能力、経験に対する洗い出し。その後、第三者評価の結果に基づき5人を候補者とし、指名委員会が個別に面談した。24年度に社長交代を行う方向が確認されたのは昨年3月以降で、最終候補者には経営者としての意識付けを行うための第三者によるコーチングを実施。指名委員会が定期的にチェックし、結果として小野氏を取締役会に推薦して承認された」
矢後氏は社長交代の過程を説明した。熟慮と準備を重ねた格好だ。危機感の裏返しでもある。すでに人口は減少に転じ、好業績を支える高額消費やインバウンドも右肩上がりが続く保証はない。多種多様な事業、コンテンツを有するグループの力を最大化するためには、小野氏の俯瞰する能力と胆力が不可欠だった。
重責を担う小野氏も「百貨店の店長経験がなく、営業経験もほとんどない。特殊で多様な経験を積ませてもらった。直近は好本(達也)社長と共に現中計を推進しながら新中計を策定してきたが、グループにとっての変革の重要性を感じる。足元の業績はインバウンドを含めて想定以上の追い風が吹き、かなり好調に推移しているが、外部要因が大きく、いつまでも続くとは限らない」と危機感を露わにする。
その上で「現状にあぐらをかかず、将来に向けた手をいかに打つかで、2030年以降の当社のありようが大きく変わる。(社長に任命された)背景、意味を想像すると、将来に向けた変革と若さ、可能性が大きいのだろう。知識や経験は(好本社長に)遠く及ばないが、自分らしく勉強しながら、会社と社会の未来を考えて、あるべき姿に向けて変革していく」と決意表明した。
新中計の具体的な内容などについては「あらためて話す場を設ける」として明言を避けたが、「リテールが大きなコア事業であることは間違いない。百貨店が、SCが、ではなく、トータルのリテールとしての力をもう一段高めていく。それが短中期的な目標。ただ、不確実性の高い環境ではリスクもある。プラスアルファの武器や成長軸を身に付けていくのが、今後の当グループの課題」と語った。
J.フロントの社長では最年少となる小野氏の48歳という“若さ”も注目されたが、矢後氏は「高ポテンシャルの人材を洗い出した時に、社長就任時に55歳を超えていないことが望ましいだろうという程度。実際、55歳を超えた方も候補で、各々を評価していく中では『こんなに若返ってしまうのか』となったが、小野氏の可能性を信じた。全体としてグループの経営陣、候補者の若返りが進んでおり、それは背景にあったが、能力がない人は経営陣に加わらない」と強調した。
好本社長も「決して年齢で選んだわけではない。あくまでも能力で選んだ。俯瞰する力、胆力が小野氏の魅力。何回か一緒に仕事してきたが、インバウンドの数字が伸び出した2015年に部長に指名した。当時では考えられないようなパートナーを連れてきたり、ランドオペレーターとタイアップしたり、前例のない仕事をアグレッシブにしてくれた。20年には構造改革推進も任せたが、その基盤づくりも前例にとらわれずやってくれた。今後のかじ取りにふさわしいと確信を持っている」と“若返りありき”を否定した。
一方で、好本社長は「経営は実行、経営は結果。25年前、当時の奥田務社長がよく口にしていた言葉。この言葉を大事に、小野氏と(3月1日付で大丸松坂屋百貨店の社長に就く)宗森耕二氏は経営してほしい」と、結果の重要性も指摘。「執行と監督を分けるのが当グループ。しっかりと小野氏を支え、ある意味では監督していく」とも述べ、手綱を締めた。
ちなみに、小野氏と宗森氏は大丸(当時)の同期に当たる。記者から関係性を問われると、まず小野氏が「あまりライバルという意識はなく、友達。宗森氏の印象的なエピソードは、私が結婚式と披露宴を行った際に呼んだ1人。そして、1人だけ泣いていた(笑)。ハートが熱い男。これまでの活躍を見てきても、それが良い意味で結果につながっている。学ぶべきは多い」と回顧。宗森氏は「同じ店で働いたこともある。小野氏は全体を俯瞰できる。昔からそういう力がある。小野氏に愚痴のように話すと、視座を変えてアドバイスしてくれた。ライバルという意識はお互いにないと思うし、1つの目標に向かって走っている。結婚式の話は出ると思わずびっくりした(笑)」と話し、信頼関係を窺わせた。
J.フロント リテイリンググループの業績は23年度に「完全復活できる見通し」(好本社長)だ。「コロナ禍からの4年間で大丸松坂屋百貨店、パルコは力強さを取り戻し、価値を再確認した」(同)。新たな船出には最適な追い風が吹く。24年度からの新中計で順風満帆を示せるか。小野氏、宗森氏のかじ取りが問われる。
(野間智朗)