東急タイム、“選択と集中”とESの追求でV字回復
新型コロナウイルス禍で窮地に陥りながら、復活を遂げた百貨店の関連会社がある。時計や宝飾品などを扱う東急タイムだ。店舗網や品揃えの“選択と集中”、従業員満足度(ES)の追求が奏功。2022年1月期の第3四半期以降は赤字から脱却し、23年1月期には営業黒字を達成した。24年1月期も旺盛な高額消費や地方百貨店と連携した外販の好調などを追い風に、2期連続の営業黒字を見込む。
東急タイムは東急百貨店の子会社に当たる。時計は「パテック フィリップ」「フランク ミュラー」「カルティエ」「ピアジェ」「オメガ」「ロンジン」「タグ・ホイヤー」「グランド・セイコー」「クレドール」「アストロン」「プロスペックス」「ザ・シチズン」など、宝飾品は「ピアジェ」「ショパール」「ピキョッティ」「ロイヤルアッシャー」「モニッケンダム」「フォーエバーマークダイヤ」「ラザールキャプラン」「コンコルド」「ニナリッチ」「モーブッサン」などのブランドを取り扱う。売上げ構成比は時計が74%、宝飾品が26%(23年1月期)。
ターニングポイントはコロナ禍だった。緊急事態宣言の発出に伴い、ショップは何度も休業を余儀なくされ、損益が赤字に転落。2020年4月1日に着任した高橋功社長に再建が託された。
高橋社長は13年~20年3月31日に東急百貨店本店の店長を担当。14年1月期~16年1月期まで3期連続増収を果たすとともに、19年10月の消費増税の影響もはねのけ、筋肉質な経営を確立した。
その手腕は、東急タイムでも発揮された。「(東急タイムは)まずは“出血”を止めなければならない状態だった。そして、出血源はカジュアルウオッチ。“百貨店一本足”から脱却すべく、18年頃からカジュアルウオッチを中心とするショップを東急グループの商業施設に出し、その数は10に達して軌道にも乗っていたが、コロナ禍で在宅勤務が広がると、時計を身に付ける人が減少。カジュアルウオッチは不振にあえぎ、一旦は全ての店舗を閉じるべきだ」(高橋社長)と判断。20~21年に9店舗、22年に残る1店舗の営業を終了した。
出血を止めた上で、東急百貨店の外商顧客や渋谷駅周辺のオフィスワーカーをメインターゲットに設定。「宝物としての時計」(高橋店長)と位置付ける、機械式高級時計の拡販に乗り出した。例えば、百貨店の外商顧客向け催事を参考に、時計と宝飾品の催事を東急グループのホテルで実施。限定品を揃え、希望者は食事や宿泊も可能という特別感が支持され、毎回盛況だ。東急百貨店や東急グループと連携して手掛けており、その成果でもある。地方百貨店のオファーで外販にも取り組み、売上げを嵩上げしてきた。
業績を回復させた、もう1つの原動力は従業員だ。高橋社長は東急本店の店長時代と変わらずESを追求。「従業員のやる気が売上げを伸ばし、利益を出す」という考えの下、表彰を増やしてきた。その対象は売上げだけでなく、顧客名簿の獲得、客からの感謝なども含まれ、24年1月期には他薦による「グッジョブ賞」も新設。選ばれた従業員には、高橋社長が自ら表彰状と金一封を渡す。
さらに毎月1回、高橋社長のメッセージを動画で配信。従業員との距離を縮め、その声を吸い上げやすくする。今では「1対1で話したい」と高橋社長に言う従業員もいる。モチベーションを高め、コミュニケーションを欠かさないトップの下、「不安を抱えていた人、危機感を覚えていた人が奮起してくれた」(高橋社長)からこそ、東急タイムは危機を抜け出せた。
こうした改革が奏功。店舗の閉鎖で売上高は減少したものの、22年1月期の下期には営業黒字へと転じた。順風満帆に映るが、高橋社長は「東急本店の営業終了が決まり、その時計や宝飾品を渋谷ヒカリエ ShinQsなど渋谷地区でどのように展開できるのか、東急タイムの再建と並行して進めなければならなかった。取引先と何度も話し合い、図面を何度も書き直した」と苦労を振り返る。渋谷ヒカリエ ShinQsには今年の春から秋にかけてパテック フィリップ、カルティエ、ピアジェ、フランク ミュラーなどが順次オープン。東急百貨店の外商顧客、渋谷駅周辺のオフィスワーカー、インバウンドの受け皿が整った。
「東急グループの発展は目覚ましく、取引先も期待を抱く。東急タイムも、時計と宝飾品でそれに応えていく。ゆくゆくは渋谷駅周辺の再開発を見据え、新しい取り組みも始めたい。そのためにも、24年1月期もしっかりと利益を確保する」。高橋社長は意欲を燃やす。着任から3年8カ月弱。経営再建は過程に過ぎず、大望へと突き進む。
(野間智朗)