2024年10月24日

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【連載】富裕層ビジネスの世界 富裕層が移住先として熱視線を送るカナダ

富裕層の海外移住が大きく様変わりし始めた。これまで多かったシニア世代の相続対策に加えて、現役世代が子どもの教育目的で移住するケースが広がっているのだ。

海外移住のコンサルティングを手掛けるある男性は、「IPO(新規株式公開)や未公開株売却で数十億円の資産を築いた30〜40代半ばの経営者からの相談が増えている」と明かす。富裕層の若返りが進み、教育環境の良いカナダや豪州に加え、最近では米ハワイも人気だ。

男性によると、上場企業オーナーに限ると移住先としてはニュージーランドの一択だという。永住権を取れば居住義務がない上に、相続税も掛からない。ベネッセホールディングスの創業家2代目、福武總一郎氏も同国在住だ。

永住者を含めて、海外に3カ月以上滞在する日本人が最も多いのは約42万人の米国。次いで中国、豪州、タイ、カナダと続く。中でもカナダは21年から22年にかけ5%近くも増加した。トルドー政権が医療や建設などの領域で高度人材が逼迫する状況を踏まえ、移民受け入れを積極化。「移民に寛容な国」とのイメージが日本人富裕層の移住も後押ししている。

3億円近い家を現金購入

「子供達がもう日本に帰りたくないというぐらいこちらの生活を気に入っている」

カナダのトロント郊外に妻と子供2人の家族4人で暮らす50代の製造業の社長はそう話す。超富裕層であるこの男性は昨年、約2億7000万円の地下1階地上3階建ての豪邸をキャッシュで購入した。

2代目社長として北関東で従業員30人ほどの製造業を営んでいたが、会社を売却し21年夏にカナダに移住した。英語圏の国々を検討した中で、生活環境が良く、子供達が魅力を感じる学校があったのがカナダだった。

14歳の長女が通う私立学校はリーダーシップ教育を軸に据え、授業でプレゼンの機会も多い。生徒の出身国は数十カ国に及ぶ。「施設が充実し少人数制で面倒見がとても良い」(男性)だけに学費は高額だ。学年が上がるに連れて授業料も高くなり、8年生(日本の中学2年)時で年間約500万円が12年生(同高校3年)時には800〜900万円に跳ね上がる。

それでも「子供達が良い先生や学友に恵まれ、将来はこちらの穏やかで優しい社会風土の中で結婚して幸せになってくれれば、親としては満足」(同)だという。

この男性は会社売却後に社長から会長に退き、カナダからは週3日程度オンラインで会議に参加する。その傍ら、優れた日本製品を取り扱うeコマース事業の会社を立ち上げようと準備を進める。カナダには、革新的なビジネスアイデアに加えて、政府指定のベンチャーキャピタルから投資を受けるなど一定の要件を満たして起業すると、永住権が得られるプログラムがある。「スタートアップビザ」と呼ばれ、男性も昨年申請し結果待ちの状態だ。

カナダは投資家向けの永住権発給プログラムを停止中のため、同国への永住を望む富裕層は、スタートアップビザ取得を狙う。「40〜60代の日本人経営者が会社売却を機に、申請するケースが増加している」と関係者は明かす。

移住先として人気が根強い米国

米国も富裕層の移住先として人気が根強い。富裕層の課税逃れを防ぐための多国間協定(CRS条項)には、日本を含む106の国と地域が参加し金融口座情報を交換するが、米国は参加していない。

「例えば法人税が安いデラウェア州やネバダ州にSPC(特定目的会社)を設立して資産を移し、投資による富裕層向けのビザで永住権を取得。家族で移住すると、日本の国税当局は相続税の徴税が難しい」(税理士)という。

一方、これまで人気だったシンガポールは投資永住権の取得要件厳格化を3月に打ち出した。最低投資金額は従来比4倍の1000万シンガポールドル(約10億4000万円)。富裕層の移住が増え物価や不動産が値上がりしたため、条件の引き上げを余儀なくされた格好だ。海外移住のハードルが上がる中で、安住の地をどこに求めるか。富裕層の模索が続く。