2024年11月24日

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【連載】富裕層ビジネスの世界 富裕層が駆使するしたたかな最新節税術

「打つ手がかなり限られてしまって厳しい。かつてのようなお手軽に節税できるスキームは、もはや一掃されてしまったのではないか」

東京都内で中小企業を経営する50代の男性は、そう話して肩を落とす。これまで重宝していたのが、建築足場のリースといった少額減価償却資産の損金(費用)算入制度を活用したスキームだ。詳しくは後述するが、このスキームは大きな事業リスクを抱えることなく、リースにかかった費用の全額を1度に損金算入(即時償却)でき、税負担を低く抑えられる。そのため、多くの中小企業が飛び付くように活用していた。

ところが、その異様な過熱ぶりに業を煮やしたのか、国税当局が2022年度の税制改正で「貸付けの用(リース)に供したものを除外する」とし、節税利用を封じたのだ。

さらに痛手となったのが、少額減価償却資産による節税スキームが、「あまりにお手軽だったので、法人だけでなく個人としてもかなり活用していた」(男性)こと。特に資産が3億円以上ある富裕層にとっては死活問題となった。手軽に節税できなくなり課税所得が2000万円を超えてしまうと、国税当局に「財産債務調書」を提出しなければならないからだ。

財産債務調書とは、保有している財産や借金について、国税当局に毎年詳しく報告する調書のこと。報告しなければならない範囲は幅広い。株式などの有価証券や現金のほか、貴金属、不動産、さらに暗号資産についても報告する必要がある。暗号資産を海外口座で取引していた場合でも、財産債務調書によって国に全て把握されることになる。

富裕層への包囲網が年々狭まる中、23年度税制改正でも、富裕層の懐を直撃する課税強化策が打ち出された。個人の年間所得が数十億円といったいわゆる超富裕層に対する、所得税率の実質的な引き上げだ。

高所得者ほど負担率が低下

所得税は所得金額が大きいほど税率が上がる。そのため富裕層は重い負担を強いられていると思いがちだ。しかし、実態はまったく違う。1億円の所得を境目にして、税負担率はむしろ低下する傾向にあるのだ。

富裕層の所得は株式投資など金融所得の割合が相対的に大きい。給与や事業による所得は総合課税で税率の最高は45%だ。一方で金融所得は分離課税で税率は一律約20%と決まっている。金融所得の割合が大きいほど、負担率は下がることになる。税負担の公平性を考えれば、いびつな状況であるのは明らかで、かねて見直しを求める声が多かった。そこにようやくメスが入ったわけだ。

一方で、実際に所得税の負担増となる富裕層は300人前後とされる。超富裕層以外には痛くない税制改正のように映るが、今後を見通すと影響は大きそうだ。

財務省主税局のある幹部は、「消費税と同じで、新たな制度を導入する時が1番ハードルは高い。(富裕層側の)反発を考えれば入り口は小さくて良い。ここからどれだけ網を広げていけるかということだ」と話す。来年度以降、増税となる個人所得の水準が引き上げられ、より多くの富裕層に打撃となる可能性がある。

国税の監視強まる海外取引

富裕層に対する、国税当局の監視の目も一段と厳しくなっている。「資産運用の多様化・国際化が進んでいることを念頭に、積極的に調査を実施している」(国税庁)からだ。特に目を向けているのが海外取引だ。

ある企業オーナーはペーパーカンパニーを活用しながら、海外の3つの国にまたがって資金を移動させ、監視の目をかいくぐろうとしていた。しかし、国税庁は17年から共通報告基準(CRS)を導入。国際間の金融講座情報を諸外国と自動的に交換することになり、所得などが筒抜けになった。

国税庁は「CRS情報や国外送金等調書などの様々な情報を活用し、海外取引や海外資金関連収入の的確な把握」に力を注いでいる。資金を海外に移動させる形での課税逃れは、もはや通用しないと考えた方がいいだろう。

富裕層への「課税包囲網」は、相続の分野にも及び始めた。

国税庁は23年1月、「マンションにかかる財産評価基本通達に関する有識者会議」を設置。タワーマンションを活用した相続対策の規制強化に乗り出している。1棟で数百戸あるタワマンは、1戸当たりの土地の持ち分が極端に小さい。そのため相続税における土地の評価額はぐっと小さくなる。また、タワマンは高層階ほど時価が高い。そのため、相続税評価額と時価の乖離が高層階ほど大きくなるのだ。

仮に時価1億円のタワマンの住戸なら、相続税評価額は2000~3000万円程度まで圧縮できるケースが多い。そこに目を付けた高齢の富裕層が、相続税対策としてタワマンの高層階を次々に購入するような状況だった。

23年度の与党税制改正大綱で指摘され、24年度の税制改正で具体的な見直し方針が示される見通しだ。タワマンを活用した相続税対策の効果は、今後そがれることになりそうだ。

「節税保険」による課税逃れに注目

このように、富裕層が節税で打つ手はほとんどなくなったかのように見える。ところが国税当局をあざ笑うかのように、減価償却の仕組みをフル活用してしたたかな富裕層は節税にいそしんでいる。

国税庁が今、警戒感を強めているのが、中小企業のオーナーの間でかつて大ブームとなった「節税保険」による課税逃れだ。逓増定期保険などの解約返戻金を、分割して受け取ることで所得を隠すケースが横行しているという。

解約返戻金が100万円を超えると、生命保険会社は税務署に支払調書を提出する。これにより国税当局は、所得隠しを未然に防ごうとしている。しかし例えば、900万円の解約返戻金を、10回に分けて90万円ずつ受け取ることにする。そうすれば保険会社は支払調書を提出しなくて済み、受取人は税務署に一時所得として把握されないようにできる。

明かな租税回避行動であるため、こうした手口が広がれば今後大きな問題になりそうだ。

同じようにかつてブームとなって、個人の利用が封じられた米国などの海外不動産を活用した節税術でも、税制の抜け穴を通るようなスキームが登場している。

住宅を建物部分と、配管や家電製品などの付帯設備とに分解して減価償却するというものだ。木造・住宅用の建物の耐用年数は22年程度だが、付帯設備は10年前後と短い。法律上の「建物」を都合良く解釈して細かく分類し、1年当たりの減価償却費を早期に多く計上し、節税しているのだ。しかし、この解釈が妥当なのか、今後の税制改正で議論の対象になりそうな気配だ。