西武池袋本店の「酒蔵」、専門性の飽くなき追求
新型コロナウイルス禍による機会損失は、衣食住の中でも食に、とりわけ人との会食に顕著に表れた。そうした中、制限を余儀なくされたのが「酒」だ。家族の祝い事や友人との語らいの場では賑わいの一助として、祭礼の場では宝物として、各場面で役を担ってきた酒は、コロナ禍で奇しくも存在を問われる的となった。しかし見方を変えれば、酒はいつの時代も「人が集う場」に存在してきた。この数年、多くの人が自粛してきた集いは改めて望まれ、求められているリアルと言えるだろう。時代の変化と共に人々の生活に豊かさを添えてきた百貨店。ウィズコロナを歩み始めた今、「百貨店で酒を買う価値」、「百貨店が売る酒の価値」にスポットを当て、酒売場の刷新で攻勢を掛ける現場を探る。
西武池袋本店は昨年9月22日、新しい酒売場「酒蔵(さかぐら)」をオープンした。地下1階から地下2階に場所を移し、3つの酒の専門店を集積。それぞれ全国の地酒から焼酎、国産クラフトビールまで「日本の酒」を幅広く取り揃える、関東初出店の「酒商山田(さけしょうやまだ)」、世界中のワインや洋酒を豊富に取り扱う、都内では初出店となる「EXIVIN(エクシヴァン)」、全14カ国のプレミアムワインを徹底管理のもと提供する、出店第1号の「La Vinotheque(ラ・ヴィノテーク)」で、対象面積は改装前の約150㎡から約215㎡と約1.4倍、品揃えは約1700SKUから約2700SKUと約1.6倍に拡大した。オープンから12月末までの売上高は、前年比140%と大幅にアップ。絶好のスタートを切った。
スペシャリティストアを集め、百貨店では類を見ない「酒の専門性」を追求した酒蔵。しかし経緯を辿れば、地下2階へ追いやられた“逆境”からのスタートだった。元々酒売場のあった地下1階の食品館は、終日多くの買い物客で賑わう一等地。そこに、百貨店の集客武器である銘菓・名産の売場をオープンさせるため、酒売場の移動が決定した。
以前の酒売場は、贈答用に商品を求めて来る客はいても、いわゆる“マニア”のニーズに応えられる品揃えではなかった。特に日本酒や焼酎のジャンルにおいては、如実に客離れが起きていた。
そごう・西武リーシング本部リーシング二部フード担当の今野征哉氏は「それであれば、売場面積を広げ、より専門性の高い売場を目指して、お酒の専門店の集合体をつくろうと思った」と、改装計画の発端を明かす。「日本のお酒、世界のお酒、プレミアムワインという編集売場をつくれば、お客様に支持されるのではないか」(今野氏)と考えた。
専門店を誘致する方針には別の背景もあった。百貨店の社員には通常、ステップアップや経験値を上げるため売場を移るローテーションがある。酒売場を自営で行ってきた同店では、酒の専門的な知識を持つ販売員がいない。和酒においては、蔵元からの仕入れに“人対人”のつながりが欠かせないことも多い。「商品の専門性」と「販売員の専門性」の双方を叶えるためには、テナント化が最適との判断に至った。
酒商山田の出店は、2019年に今野氏が出張先の広島で店を訪れたことに遡る。自身も酒を嗜む今野氏は、圧倒的な品揃えを誇る売場を目にして「コンセプトに衝撃を受けた」と振り返る。全国400以上の製造元から直接仕入れ、「日本酒は生き物」を信条に徹底した状態管理を行う。「小さな蔵元や造り手からその情熱ごと仕入れる」ことで、マニア垂涎の稀少酒もストックする。以前の売場では呼び込めなかったコアな客層の獲得に向け、今野氏は酒商山田に勝機を見出した。
店内には、天井まである背の高い特注の冷蔵ケースが所狭しと並ぶ。ケースの設置には、今野氏が貫いたこだわりがある。池袋本店の地下2階の天井は低く、設計したサイズでは収まらないことが判明。しかし妥協すれば理想とするレイアウト案は崩れ、迫力のない陳列になってしまう。広島の酒商山田で見た圧巻の見栄えを、酒蔵でも実現したい--。数百万円を要する工事に踏み切るため「同じ想いを共有しないといけないと思った」(今野氏)と、上司を広島に2度連れて行き説得した。天井の壁をはがし、障害となる設備を移動させる大掛かりな工事を経て、思い描いたレイアウトを完成させた。
エクシヴァンは「国分グループ」が展開するワールドリカー専門店。世界中の取引先から調達できるノウハウがあり「世界のお酒を担ってもらうには1番ふさわしい」(今野氏)と、出店を依頼した。そごう千葉店とそごう横浜店での優れた販売実績も十分な判断材料となった。店内は英・ロンドンにある会員制クラブ「ジェントルマンズクラブ」の世界観を表現した、雰囲気のある落ち着いた内装。多彩な洋酒のラインナップを演出する雑貨や小物などは、今野氏やほかの社員が都内のアンティークショップを巡って調達した。
ラ・ヴィノテークは、ワインの輸入・販売を手掛ける「ファインズ」の商品を販売する第1号店。同社は「100%リーファー主義」を謳い、取り扱う全商品の調達から保管、配送まで一貫した低温管理を行う。ワインの輸入代理店は数多くあるが、安価とされる1000円台のワインであっても全て低温で管理するという徹底ぶり。その姿勢と商品のクオリティに今野氏は信頼を示す。試飲ができるカウンターを囲むように設計された店内は、高品質な銘醸ワインが華やかに空間を彩り、客を誘う。
改装準備はコロナ禍の状況で進められた。遠方の取引先とはズームで商談。半導体の生産が遅れ、冷蔵庫の納品時期に気を揉んだ。各店の「酒類販売業免許」の取得に際しては、他にはないと思われる売場形式に免許交付上問題がないか、注意点の事前確認に今野氏は何度も税務署に足を運んだ。当初予定していた昨年3~8月の開店には間に合わなかったものの、晴れて同9月22日にリニューアルオープンを果たした。
酒商山田は12月30~31日の2日間、1店舗で1日当たり約500万円の売上げを記録。以前の売場では日本酒と焼酎に限ると、1日200万円を超える程度だった。
しかし、数字はあくまでもデータ上の結果に過ぎない。売場の前を通る客数は、以前の地下1階と比べ明らかに少ない。立地環境の変化からすれば、データでは語れない大きな成果といえる。酒に関心の高い若い女性客や、平日昼間の来店者数も増加。稀少酒を求める飲食店のまとめ買いもみられるようになった。「立地のハンデを上回る魅力的な品揃えと専門性があるからこそ」(そごう・西武)と、確かな手応えを得る。
ギフト需要では、目的買いの遠方客が目立つ。常駐するソムリエや利き酒師が客の要望にきめ細かく対応。プロならではの提案を行い、リアルな店舗でコミュニケーションがとれる百貨店としての強みを生かす。
各店の販促も効果を発揮している。酒商山田はLINEで稀少酒の抽選販売を行い、当選者はスマートフォンの画面提示で商品と交換できる。ラ・ヴィノテークは年明けからインスタグラムを開始し、試飲メニューの情報を提供する。エクシヴァンではカクテルをつくる客を想定し、レモンやバジルなどの生鮮食材をレジ前に置いて拡販。売場の向かいに位置する「カイゼルハム」は、酒蔵のオープンに合わせてワインに合うオードブルセットなどを充実させた。
今後について今野氏は「オープンして半年近く経つが、酒蔵を知らない人達はまだまだたくさんいる。発信力を上げ、魅力を広めていきたい」と話す。専門店側も顧客獲得に意欲的だ。例えば、百貨店の特長である「外商」という販路。強化すれば専門店と顧客の間に固いつながりが生まれ、さらに売上げを伸ばせる可能性は大きい。「百貨店側としてもお得意様に向けた試飲・販売イベントの開催なども考えていく」(今野氏)。
実は酒蔵という店名には由来がある。2010年に閉店した西武有楽町店にあった酒売場の名称だ。1フロア全てが酒の売場という巨大なスケールは名物的に親しまれ、酒文化の発信地としてもエポックメイキングな存在だった。
百貨店では前例のない専門店を集積した酒売場。オープンまでの過程には様々な苦労もあったが、今野氏は「楽しかった」と答える。
「お酒はまだまだ、たのしくなれる。」。新しい酒蔵の誕生とともに掲げられたコンセプトは、成果も課題も得た売場にこれからも賑わいをもたらすだろう。
(中林桂子)