復活するインバウンド 百貨店の戦略と課題
昨年10月の入国制限緩和から回復の一途を辿るインバウンドは、百貨店にとって強力な追い風だ。しかし外国語話者の人材難など、受け入れ体制の再整備には課題がある。また、中国本土からの客は依然として少なく、それ以外の東アジア、東南アジアの客が主力となるなど、客層にも変化が生じている。百貨店のインバウンド消費の獲得に向けた現在の状況や、今後の戦略を探った。
売上げ増加が続く コロナ前超える店も
日本百貨店協会の発表によると、2022年9月の全国百貨店の免税売上高が約91億円(19年比63.7%減)、10月が約137億円(同46.6%減)、11月が約173億円(同32.9%減)、12月が約215億円(28.9%減)。10月11日の水際対策の大幅緩和から右肩上がりに伸長していることがわかる。
中にはコロナ前に迫る店舗も現れており、阪急阪神百貨店は11月、12月の免税売上高がコロナ前比で9割を超える水準で推移。三越伊勢丹は11月に伊勢丹新宿本店、三越日本橋本店の両本店が18年実績を超えた。松屋は10月が19年比5割強、11月が9割弱まで戻り、12月は19年を上回っている。
高島屋は10月が19年比34.1%減、11月が20.7%減、12月が9.8%減と回復基調が続く。とはいえ地域差があり、関東の店舗の客数がコロナ前の約7割、関西が約3~4割となっている。これは「関西国際航空と比べて羽田空港や成田空港の方が便の戻りが早いため、差が生じている」(高島屋企画宣伝部企画宣伝担当安武美雪次長)という。
このように数字の上ではコロナ前に近づいているが、その内訳は大きく変化している。以前のメイン層だった中国本土の客は、水際措置の厳しさによって未だに戻っていない。日本政府観光局のデータによると、19年は中国からの訪日客が全体の約3割を占めていたのに対し、22年は約5%に留まった。対して韓国、台湾、香港の割合が増えている。
売れる商品も変動した。百貨店では以前からラグジュアリーブランドは人気だったが、円安の影響でさらに高まった。化粧品は「ラグジュアリーブランドに比べると単価は低く、客数による部分が多い。さらに入国者が増える、今後伸びていくと思われる」と松屋顧客戦略部顧客政策課プランナー(課長補佐)龍野由木氏は述べる。
こうした情勢も踏まえ、百貨店は海外向けの情報発信、店頭の接客やサービスの見直しなどを進めている。
グーグルマップを活用し、多国籍へ情報発信
訪日客に向けた施策としては、まずはインターネットを通じたプロモーションがある。高島屋は、昨秋から再開。11月に台湾の大手訪日観光情報サイト「ラーチーゴー!日本」で大阪店の紹介記事を掲載した。在日インフルエンサーとのコラボレーションも行っている。
中国については「今すぐ急増するとは考え難いが、『また近いうちに行けるようになる』という状況になり、モチベーションも高まっている」(安武氏)と考え、今後の布石として、「大衆点評」、「マーファンウォー」といった大手口コミサイトの情報を整備する。
こうした施策は以前から行っていたが、最近始めたのがグーグルマップの「グーグルビジネスプロフィール」の情報の充実だ。現在の訪日客は東アジアや東南アジア、欧米など多岐に亘り、見ている媒体も様々だ。全てをカバーするのは不可能なため、どの国でも利用されるグーグルマップに着目した。
営業時間などの基本的な情報を、他言語でも正確に掲載。さらに、イベントや売場などを紹介する投稿を、インバウンドの多い店舗では他言語でも投稿し、グーグルの検索で上位に上がりやすいようにした。10月から始めたが、閲覧者の検索ワードを見ると韓国語や英語の「デパートメントストア」というワードが入るようになり、効果を実感したという。
「日本では百貨店の存在や立地はよく知られているので、今までは手薄だった。しかし外国人観光客はグーグルを活用する方が多く、国内でもそういう方は増えている」(安武氏)。グーグルが無くなることは当分無いと考えられるため、これからも注力していく意向だ。
販売員のコミュニケーション能力育成が急務
店頭では、外国語を話せる人材の重要度が増している。しかし長引くコロナ禍で本国に帰国した人も多く、観光業なども含め国内では確保に苦慮する企業は多い。松屋銀座店では、まずは最も必要とされる免税カウンターで、中国語話者を9月から少しずつ増員。取引先にも外国語を話せる販売員の配置を依頼している。
とはいえ人材難を見据え、少ない人員でも回せる用意も進めていた。20年3月に、免税の払い戻し分を自動で処理する自動釣銭機を免税カウンターで導入し、オペレーションの負担を大きく軽減した。「(訪日客が)戻る時は急激に戻るので、デジタルツールなども活用し、お客様にとってもスタッフにとっても負担の少ない環境を目指した」(龍野氏)。
外国語を話せない販売員にも課題はある。そうした販売員は自動翻訳機「ポケトーク」などを通じて接客を行うが、コロナ禍で訪日客がほとんどいない状況が続いたため、外国人とのコミュニケーションに不慣れな人が多い。同店は対策として、1月に社内勉強会を実施。店頭のマネージャーや役職者を対象に、現在多い東アジアの客の趣味嗜好や、外国語が話せなくても上手くコミュニケーションが取れる接客の方法などを話し合った。
「ポジティブな気持ちでお迎えするため、スタッフが『お客様を理解する』マインドをしっかりとつくるのは欠かせない」と龍野氏は指摘する。今後は取引先の販売員も含め、定期的に行っていく。
高島屋もポケトークなどを使った接客を行うが、「最初から最後まで日本語のみで対応する人が多い。例えば挨拶だけでも現地の言葉を使うなど、お客様へ寄り添うアプローチも必要」(安武氏)と悩む。他言語話者の採用を進めながら、朝礼で接客のポイントを伝える、短時間で見れる動画を作成し閲覧してもらうといった施策を今春に始める。
礼拝室や店内掲示など、細やかな接遇を手厚く
接客体制に加え、施設やサービスも整える必要がある。高島屋は、店舗の案内情報の見直しに着手する。店舗の配布物や掲出物、ホームページの情報など、コロナ前のままになっている部分が多く、店頭でも迷っている外国人客を見掛ける。「例えば大阪店では、閉店間際に免税カウンターに行こうとすると、使えないエレベーターがありお客様が困ってしまうという問題が生じている」(安武氏)。スタッフによる誘導も含め、どこでどのような情報を提示するのが最善かを検討しながら整理していく。
松屋銀座店はムスリム向け礼拝室の利用を休止していたが、昨年7月に感染対策を講じながら再開した。すると多くのムスリム客が利用し、好評を博しているという。ムスリム客のニーズを把握するために礼拝内にアンケートを置いているが、かなりの高確率で客が解答し、感謝の言葉を記している。中にはアンケート用紙が切れていたため紙ナプキンにお礼を書いた客もいたほどだ。
こうした取り組みは、「日本のお客様とできるだけ同じ体験を提供し、また来たいと思って頂くため」(安武氏)。龍野氏も「一度買い物をして終わるのではなく、最終的には松屋ファンになって頂くのが目標」と語る。インバウンドは外的要因の影響も大きいが、日本に訪れた客に「この店に行きたい」と選んでもらう努力は欠かせない。各社は百貨店ならではの手厚い“おもてなし”体制の構築に急ぐ。
(都築いづみ)