2024年11月22日

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マルチハザードの時代に耐えられる力を育む 大丸松坂屋百貨店

《連載》「ウィズ・コロナ」に求められる安全・安心な買い物環境を提供する百貨店 第2回 大丸松坂屋百貨店

「ウィズ・コロナ」の時代に、どう安全・安心な買い物環境を提供できるか――。全館営業を再開した百貨店業界の各社は、配慮や工夫に余念がない。消毒、検温、マスクやフェイスシールドの着用、ソーシャルディスタンスの確保など手法は多岐に亘るが、根幹には〝おもてなし〟がある。百貨店業界は常に安全・安心を追求し、おもてなしに昇華させ、信頼を育んできた。そして、最良のおもてなしは時代によって形を変え、ウィズ・コロナの時代にも適合していく。百貨店で買い物を楽しむ人々に、〝百貨店流のウィズ・コロナ〟を発信する連載の第2回は、大丸松坂屋百貨店だ。新型コロナウイルスの対策本部を主導した、松田弘一常務執行役員業務本部長兼コンプライアンス・リスク管理担当に尋ねた。

 

■BCP(事業継続計画)が奏功

――新型コロナウイルスの感染拡大が本格化して以降、どう対策を講じていきましたか。

「日本では1月下旬頃から、ちらほらと新型コロナウイルスに関する報道が始まり、当社は1月22日に店頭でのマスクの着用を許可するとともに、予定していた海外への渡航も延期や中止を決めました。対策本部が立ち上がったのも、この時期です」

――対策では、何を重視しましたか。例えば、マスクの着用は今でこそ必須とされていますが、1月の時点では「マスクを着用して接客する」という行為に賛否両論がありました。

「2つの原則を定めました。1つは『お客様と従業員の健康と安全を守る』、もう1つは『産業医の知見に基づいて判断する』。後者は、いわゆる『公衆衛生』の考え方です。マスクの着用は、首都圏の産業医に相談した上で許可しました」

――マスクは確保が難しい状況も続きました。店頭の従業員に行き渡ったのでしょうか。

「当社はBCP(事業継続計画)の観点で、約40万枚のマスクを備蓄していました。阪神・淡路大震災や東日本大震災の教訓でもあります。約40万は、直営の店舗で必要な枚数を割り出して決めました。補充できなくても2週間程度はカバーできる計算です。マスクは取引先の販売員も含めて無償で配布しています」

――結果的に、BCPが奏功しましたね。

「BCPは大規模地震やスーパー台風を想定し、約1年を費やして見直していました。当社では『リアルBCP』と呼び、外部のコンサルタントも入れながら、経営の判断や現場の対応などに〝リアルさ〟を加えています。約1年間で1店舗ずつ必要な訓練を重ね、水や乾パン、簡易トイレなどの備蓄も進めていました」

「実は、新型インフルエンザを想定したBCPもありました。SARS(重症急性呼吸器症候群)を対象に作成し、これをベースに見直す計画でしたが、昨今はスーパー台風や大雨の被害が相次ぎ、そちらを優先していました」

「ただ、大規模地震やスーパー台風を想定したBCPというベースがあって、素早く動けたのは事実です。1月下旬には当時の好本達也社長をトップに、総務や施設管理、販促、人事などの担当者で対策本部を立ち上げられました。一方で、関係者が情報を共有できるウェブサイトを開設。注意喚起、情報発信などを一元化し、人と情報のコミュニケーションを図りました」

■即断即決できる体制を整備

――対策本部の活動について教えて下さい。

「4月8日以降は毎日、リモートも交えて会議を開きました。当社では、単身赴任などの場合、本部の総務系の部長と一部の社員は徒歩圏内に住むよう指導しており、緊急事態に対応しやすいです。この会議を午前10時から、役員が共有するミーティングを11時から始め、会議でまとめたプランを役員が即断即決できる体制も整えました」

――感染拡大防止策のポイントは。

「サーモグラフィーの導入です。マスクの着用やアルコールでの消毒とともに原則化し、まず大丸札幌店に設置しました。個人情報の問題などを危惧しましたが、お客様からは『大丸さんは、ここまでやってくれるのか。安心できる』と好評で、他の店舗にも営業の再開に合わせて設けました。70台でスタートし、今では100台を数えます(7月9日時点)。感染の拡大を防ぐため、一時的に減らした店舗の入口を戻す際にも、サーモグラフィーを設置するからです。コストは嵩みますが、前述した通り、お客様と従業員の健康と安全を守るのが原則です。店舗の入口だけでなく、従業員の通用口にもサーモグラフィーを配し、安心感を形成しています」

サーモグラフィーを導入し、検温を徹底

「企業としてBCP、安全・安心を追求してきましたが、デジタルの力の大きさを感じました。サーモグラフィーという機械の測定には、人間と違ってミスやブレがありません。それが、コロナ禍では安心感に繋がります」

――マスクの着用は、厳格に求めていますか。

「お客様と従業員には、必ずマスクの着用をお願いしています。当初は、マスクを着用せずに来店したお客様には無料で渡し、医療機関への寄付をお願いしてきました。当社の考えに共感し、マスクを身に付けていても寄付する方も少なくなく、6月末までに200万円ほどが集まりました」

――従業員だけでなく客にも渡し、なおマスクは不足しなかったのですね。

「調達に苦労したのは事実で、アルコール消毒液、フェイスシールド、手袋、サーモグラフィーなども同様です。J.フロントリテイリングの力も借りながら、本社で一括して調達して各店に振り分ける形で、どうにか不足なく営業できています」

――政府が緊急事態宣言を発令し、解除するまで、百貨店業界のアクションは「全館を休業する」と「食品売場に限って営業する」に分かれましたが、御社は食品売場に限って営業しました。

「当社も、3月3日、10日、17日、24日を全店で臨時休業としました。その後、緊急事態宣言の発令に伴い、4月8日から大丸心斎橋店、大丸梅田店、大丸神戸店、大丸芦屋店、大丸東京店、松坂屋上野店、博多大丸を臨時休業。大丸須磨店と松坂屋高槻店は営業時間を短縮し、食品売場のみでの営業に切り替えました。4月11日からは松坂屋名古屋店と松坂屋豊田店、4月15日からは大丸京都店、4月18日からは松坂屋静岡店、4月19日からは大丸札幌店も、営業時間を短縮して食品売場のみでの営業となりました」

「郊外を中心に7店舗で食品売場を開いたのは、地域のライフライン、インフラとして必要と判断したからです。また、外出の自粛を求められる生活に、潤いをもたらすのが百貨店の役割と考えました」

――ただ、食品売場に立つ従業員は不安、感染のリスクを抱えます。

「食品売場に限らず、どれだけ安全・安心を担保し、従業員から理解や賛同を得られるかが重要です。例えば、食品売場や化粧品売場の販売員はフェイスシールドを装着しますが、少しでも快適に働けるように比較、検討し、眼鏡メーカーのシャルマン(福井県)が手掛ける『シャルマンシールド』を支給しています。休憩室をはじめ、バックヤードも感染拡大防止策を講じました」

「理解や賛同については、臨時の店長会議を何度も開いて情報を共有し、現場に伝えて実践してもらいます。実践していくと、アイディアや工夫が生まれます。中でも飛沫感染防止シールドの貼り方は、百貨店らしくキレイになりました。アイディアや工夫は共有のウェブサイトに載せ、そこから新たな発想が生まれます。やはり、共有が最も大切です」

「私は『エッセンシャルワーク』(社会に不可欠な仕事)という言葉を心に留めています。臨時休業中も、エスカレーターやエレベーターは定期的に動かさないと故障の原因ですし、飲食店は水回りの清掃を怠れません。当社では約5000人の社員、多くの取引先の販売員が働いており、店舗の休業は重大な決断です。いかに情報を共有し、理解してもらえるか。それは追求しています」

■「ジャストインタイム」から「ジャストインケース」へ

――ウィズ・コロナ、「アフター・コロナ」の時代は、人々の生活様式を変化させます。百貨店も変化を余儀なくされます。

「百貨店は主に店頭と外商に分かれますが、現状で外商の活動は困難も多く、特に家庭外商はお客様のご自宅への訪問が制限されます。そこで『ライブショッピング』に注力します。営業を再開して以降、ラグジュアリーブランドを中心に、大丸東京店や松坂屋名古屋店、大丸心斎橋店のショップでライブ配信での商品の販売を活発化させており、外商のお客様の反応は上々です。実際、衣料品やバッグを皮切りに、時計、宝石、絨毯、絵画などに広がってきました。今後は、デジタルの活用をもっともっと考えていかなければなりません」

「馴染みがなかった『ソーシャルディスタンス』や『3密』といった単語が、僅か数カ月で定着しました。まさに『行動変容』で、必然的に消費も変化し、百貨店は存在意義や真価、進化が問われます。中長期的には『デジタル』や『サステナブル』を切り口に、商売の新しい〝芽〟を見付けたいと考えています」

売場では、ソーシャルディスタンスの確保に余念がない

――最後に振り返って、苦労したエピソードはありますか。

「(感染拡大防止策の)定義の組み立てです。果たして、現場に適用できるか。苦心しました。新型コロナウイルスはワクチンがなく、過去の経験値だけでは通用しません。産業医に相談しながら、組み立てていきました。振り返ると、このプロセスが重要でした」

「もう1つ、これは苦労であり今後への教訓ですが、ローカルの調達先を開拓、確保しなければなりません。いざ、サーモグラフィーを調達しようと思っても、誰もが必要とする時期は在庫が乏しい。しかし、例えばサーモグラフィーは大丸札幌店、アルコール消毒液は博多大丸が培ったローカルのネットワークで、仕入れられました」

「本社だけで物品を調達するのは、限界があります。発想を『ジャストインタイム』から『ジャストインケース』に切り替え、マルチハザードの時代に耐えられる力を育まなければなりません。コロナ禍は、いずれ第2波、第3波が到来するでしょう。それを前提に考え、常に行動していきます」

(聞き手・野間智朗)